本記事は2009年7月3日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

:前回の、内田樹先生と小田嶋の対談は面白かったな(「『2割』で戦えば、8割の『負けしろ』が使える」、「2割の『マンボをやめない人』が、案外でっかいことをやる」)。内田先生という方はエリートの学者だと思っていたら、それはそれで人生の諸問題を持っていて、何か、共感しちゃったね。

小田嶋:まず、1968年に日比谷高校を中退しておられるから。

クリエイティブディレクター 岡 康道氏 (写真:大槻 純一、以下同)

:それなんだけど、青春時代ってさ、リアリティーというものがもともとないじゃない? 損得でいえば勉強した方が得なんだろうな、ということは分かるけど、それ以外のことは親も教師も言えない。勉強する理由というのが損得だけということは、それほどはやれないということだよね。また、その時にそれほどやれたら、そいつはまた危険な感じもするんだよ。15~16歳のころから、人生、損得で割り切って、俺は東大に行くぞ、というのも気持ちが悪い。

小田嶋:内田先生のような感性の子は、そこでいったん、リセットしちゃうんだろうね。

:それができる、というのはすごいよ。普通はそうはできない。とはいえ、無為に過ごすというのが、また、たまらないものだから、難しい本でも読んでみるか、ということで、「ヘーゲル法哲学批判」なんかの読書会を開いたりしたんだけど、それこそ意味が分からない。結局、世界はわけが分からない、ということが分かった、ということだよね。

素晴らしい発見じゃないですか。

小田嶋:何だっけ、修学旅行の時、お前も含めて4人組でナンパしたじゃん。

:確かに、京都で。あの時は京都の高校生の女の子と仲良くなろうとしたんだよ。したんだけど、声を掛けたら都立高校だった(笑)。

隔離するくらいなら行かなきゃいいのに

小田嶋:相手は相当嫌がっていたんだけど、まあいいじゃないか、なんて、なかば強引に連れまわしていたら、向こうの集合時間に遅れちゃって。全生徒が京都駅に集まっている中で、すげえ視線を浴びながら、送っていったことがあった。

:東京に帰ってから1回デートしたような。

小田嶋:会ったんだ。そういえば、俺も会ったぞ。

:だから意味ないよね、これも。京都まで行って東京の子をナンパしてんだもん。わけが分からない。

「ヘーゲル法哲学批判」に続き、ここでも、わけが分からないものが出てきた、と。

小田嶋:そういう時、俺は、先鞭をつける役を、必ずやらされていたのね。

ストーリーを描くのは岡さんなんですか?

小田嶋:いや、単にクジで負けたんだと思う(笑)。

:もちろんクジですよ、そういうのは。しかし考えてみたら、あの年ごろの男子生徒を大量にどこかに旅行させるっていうのは、これは、とんでもないことだよね。

小田嶋:危ないよね。構造的に難しい問題をはらんでいるよ。当時、修学旅行とは別に遠足とかっていうのも一応あったんだけど、伊豆大島だったり、修善寺の自転車センターだったり。

必ず隔離できる場所ですね。

小田嶋:必ず柵がある場所ですよね。島なんて、その最たるものでしょう。あれは朝着いて、夕方帰るんだけど、学校側もその間の5~6時間を好きにしなさい、それで何時までに集まってきなさい、ってだけなのよ。船で行って、船で帰ってくるんだけど。

:俺、大島、行ってないよ。そういう覚えはない。

小田嶋:行っていなかったっけ? 俺は、波浮の港の近所の雀荘でマージャン打ってましたよ(笑)。

:すごいな、お前、やさぐれちゃってるよ(笑)。でも、僕は行ってない。もしかして停学中の話かな。小田嶋のせいで停学になったという。

答案偽装事件ですね(「『体育祭』と『自己破産』と『男の子』と~第2走者の憂鬱」参照)

コラムニスト 小田嶋隆氏

小田嶋:俺のせいでは全然なかったけど。あれさ、後になって振り返ってみると、大したことじゃなかったんだけど、あの当時の受け止め方としては、経歴に傷が付いた、一生を刻印されてしまった、という感じがあった。

:ははは。私立だったら退学でしょう。都立だから停学で済んだ。

小田嶋:俺も日比谷公園で婦人警官に補導はされたんだけど、そこで「早く学校へ行きなさい」って追い返されたから、経歴に傷は付いていないわけ。

孤独の価値は「友達がいないこと」そのものにある

:でも、僕、経歴的には、あの家庭裁判所の方がピンチでしょう。バイク無免許で捕まったという(この件はこちらを参照)。

小田嶋:ああ、あれは結構ピンチだったね。経歴云々というより、前科、みたいになるから。

バイク無免許の件は親御さんにはお知らせしたんですか。

:いや、ばれていないです。なぜなら、裁判所から来る手紙をいつも気にしていて、保護者宛ての手紙を自分で受け取っていたから。

小田嶋:郵便受けのところでね。

:それで呼び出しが来て、老けた顔をしたやつに浴衣を着せて、保護者役をやらせた、という。しかもあれは、裁判官が小石川(高校)の先輩で助かった。仕方ないな、これからはやるなよ、ということで温情をもらって。これ、内緒の話なんだけど。

小田嶋:あれは、とてもラッキーだったんだよ。だって当時、そういうことは割と厳しかったからね。一応進学校という話になってたから、バイク無免なんかで挙げられてると、厄介なことになっていたと思いますよ。

:だから強引に話を戻すと、青春時代、ぎりぎりよかったといえば、孤独だったということですよ。

続きを読む 2/5 どこかで嫌われることは、実は必要なこと

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