小田嶋:それは、先生を励ます人がいない、というよりも、教師を尊敬するような風土が失われたことの方が、影響が大きかったりするような気がしますよね。

内田:教師を尊敬する、ということもフィクションでしたからね。世界全体でそういうフィクションを作っておかないと、子供が学校に通わないから、というので、先生は偉いんだって話をしていたのに、世の中が、正味はどうなんだ、ということで、もう偉くねえよ、って気付いちゃって(笑)。
小田嶋:そこで人それぞれだよ、個性が大事だよ、になっちゃうと、教育の現場は何となく崩壊しますよね。
内田:でも、はっきり言いますけど、子供に自己決定権なんかを与えたらおしまいですよ。勉強をするわけがないですから。
小田嶋:お菓子を食って、テレビを見ますよね。
内田:子供はいろいろと負荷がかけられていく中で、何でこんな思いをしなきゃいけないんだ、と思いながら成長していくわけですから。その負荷がないと、勉強しないし、成熟もしない。
小田嶋:今、内田先生がおっしゃったように、教育はある種、プレス工程じゃないといけない部分があって、後々、それの殻を破っていくにしても、1回はプレスにかけられている苦しさが生徒側には必要だな、とは思うんです。プレスにかけられながらも、型にはめられる苦しさと闘って大人になってきたんだ、ということが大事なんじゃないかと。
不適応の物語とブレイクスルー
内田:今の親御さんにとって、家庭はファクトリーで、子供はプロダクツ。だから学校や教育機関に品質管理を要求するんですよ。だけどお父さん、品質管理というのは缶詰を作ったりする場合であって、子供は生ものでございますからって・・・・・・(笑)。
小田嶋:ある程度、廃棄が許されていればいいけど、廃棄ができないから。QC的に言うと、これはもう歩留まりの2割かそこらは捨てちゃえばいいんだけど、その2割をどうするの、ということですよね。
内田:でもね、ブレイクスルーをもたらすものというのは、定形外としてハネられちゃうものの中からしか生まれないんだよ。ハネられちゃう中には、本当にごくつぶし、というか、ただの石と、ダイヤモンドとの両方があるんだけど。
小田嶋:その意味で、『人生2割~』の本で、岡と俺が話しているのは、不適応の物語でしょう。その、ハネられた、というところの。それがダイヤモンドだとは言いませんが。
内田:ハネものの中からダイヤモンドを残すには、石ころとダイヤモンドをまとめて救うしかないんですよ。どちらも最初はとにかく不細工だし、ふたつの混合体からダイヤだけ取り出す、ということはできないんです。その不細工なやつを、とにかく温かい目で見守る。それが教育なんです。
内田先生ご自身はいかがでしたか。
内田:不適応ですよ、僕も。
小田嶋:内田先生は、都立日比谷高校を中退していらっしゃいますからね。
それは高校側に問題があったとか?
内田:高校はいい高校でしたよ、今にして思えば。お気楽な学校だったんだけれども、当時の日本の教育環境の中では、たぶんベストに近いんじゃないかな。だから、それは関係ないんですよ。
逆に、とにかくもう嫌だったのは、みんなの人生の目標が東大に行くことだ、みたいな感じできちっと勉強していること。そいつらが、何か分かったようなことを言うんですよ。
素朴に「勉強しなきゃだめだよ」とか言うんだったら、まだいいんです。でも、そういうやつらって、初めは不良とかをやっているわけです。それが途中で不良をやめて、結局、受験勉強に召還していく。その過程で、ご託を並べるわけですよ、いろいろと。そのレトリックが、うまいんだ。こう、ものすごくうまいわけです。
秀才で、ただ、がりがりガリ勉をしているやつって日比谷高校では絶対に尊敬されないから、みんなからある程度、注目を浴びてかっこいい人だと思われたい場合は、そうしてはいけない。だけど同時に、受験勉強もきちんとやって東大に入りたい、ということが本音にはあって、本来、無理なことを考えているわけです。そこら辺の綾を、あいつらは実にうまいロジックでやるわけです。それはもう、ほれぼれするほどうまい。だから、とても嫌だったの、それ(笑)。わりと屈折しているな、俺・・・・・・。
自分ができなかったから、みたいなことでもあるのでしょうか。
内田:僕は初め、ぎーっとガリ勉1本槍で、とにかくこのまま東大へ行くぞ、と思っていたんですが、ある時、あっ、こんなことをして何になるんだろう、って、素朴にそう思っちゃったんです。だったら意味がないから、もう辞めよう、と。高校を辞めて中卒で働こう、と。
それで、一緒に「受検勉強なんて意味がない」と言い合っていた仲間に「ねえ、受験勉強は意味がないと言ってたじゃん。だったら、みんなも辞めない? 辞めて働こうぜ」と誘ったんです。そうしたら、「いやいや、そういうものじゃなくて」と返ってきたんだよね。「内田は甘いよね。世の中はそんなもんじゃないんだ」とか言われて、こっちはもう、ええ~って。
気付いた時はひとり、不適応の物語の主人公になっていたわけですね。
「2割」は、意外に高いハードルである
内田:でもね、僕、この間、何かの時に「人生、勝率1割」って書いたことがありまして。この本は『人生2割~』だけど、マージャンをやっていると、実感としては勝率1割なんですよ。不思議なもので4人いるわけだから、平均したら勝率は2割5分になるはずでしょ。だけど、絶対にならないんですよ。

小田嶋:先生は確かマージャン連盟を組織していらっしゃるんですよね。
内田:甲南麻雀連盟というのを17~18人ぐらいでやっていて、ここでかなり、きちんとした数値を取っているんですよ。だからこれは統計的にも有意なサンプル数で(笑)。そのサンプルで言うと、年間勝率はいって3割8分なんですよ。ただし、2割5分という人はいないんです。
小田嶋:そんなにぼろ勝ち、ぼろ負けをするものじゃないですよね。
内田:勝率3割台が数名いて、ほとんどが1割。ボリュームゾーンが1割台で、2割台というのがガランとしている。ぼうっとして打っていると、1割台なんですよ(笑)。
となると『人生2割~』というのは、実は結構高いハードルだったりして。
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