小田嶋:明るく。

内田:かつての小田嶋さんほどは飲んではいないと思いますが、ただ僕はずーっと飲んでいるんです。25歳ぐらいから、過去30年間、1年365日、どんな時でも飲み続けて。

小田嶋:フランス人さんなんかでよくある、マイルドなアル中さんですね。

内田:ただ、夕方の6時を過ぎないと飲まない。一応そういう規範があって、それは夕方の6時を過ぎたら仕事をしない、という規範でもあるわけです。

小田嶋:ブログなどで拝読すると、ものすごくお忙しいから。

よくぞ、今回の対談にお越しいただきました。

5段階に変化するオダジマ文体

内田:いや、それは、小田嶋さんのためならば(笑)。僕はハイテクノロジー的な文体理論――『フィギュール』とか、そういうのを読んで研究してきた者で、文体研究が専門のひとつなんです。で、小田嶋さんの文体に、その理論を当てはめると、文章の位相というのがどんどん変わっていって、すごいんですよ。以前、小田嶋さんの本の解説を書いた時に分析したら、5段階に変わっていて、驚いたことがあります。

5段階。

内田:「私」というのが途中からどんどん別人になっていって。

小田嶋:あれ、気が散っていたりすることでもあるんですよね。ちゃんと主体が一貫してない。分裂していっちゃう。

内田:本来、そういうやり方をすると、文章って、とりとめがなくなっちゃうんだけど、小田嶋さんのは、そうならないの。リカージョン=入れ子構造というんですが、○○と考えている俺は、何でこんなことを言っているんだろう、という俺ったら何でこんなことを言っているんだろう…・・・と、ぐるぐる回りながら、でも、決して堂々巡りにならないで。

小田嶋:落語の「頭山(あたまやま)」の構造ですね。自分の頭の上にできた池に飛び込んで自殺するという。

内田先生も覚えがありますか。

内田:ええ。自分の文章というか思考形態はリカージョンですね。「何で俺はこんなことを考えるんだ」という形で、自分の思考の枠組みというか、そういうものをちょっと後ろにずらしていって、何とか風穴を開けようとしているわけで。

 だからよく分かるんですよ、あれをやるのは難しいって。堂々巡りにならないで、どこかに突破していくというのは力業なんです。これ、分かっている人は、なかなかいないんだけど。

人生2割がちょうどいい』は、小田嶋さん1人の文章ではなく、岡康道さんとの対談形式ですが、この本はどこが面白かったでしょうか。

内田:えーっとね、岡さんの貧乏話が面白かったな。マージャンで小田嶋さんから車を取っちゃったという話なんか、あれ、びっくりしちゃいましたね。

麻雀で巻き上げたクルマで敗者を送る「美学」

小田嶋:ひどい話でしょう。あれ、要するに、俺の車を勝手に10万円で査定して、自分のものにしようという話だからね、結局。

内田:マージャン会場は岡さんの家だったの?

小田嶋:そうです。岡の下宿の玄関に、俺の車の絵が張ってあって、マージャンに負けるたびに、お、ボンネット、来てるじゃん、あ、そろそろ最後尾にいってるじゃん、と。

内田:だいたい、俺んちでマージャンをやろう、というやつが、最終的に場を、結界を、支配することになっているんですよ。

小田嶋:そう、ヘンなBGMまで設定されて(笑)。だからはめられたようなものですよ。最後、「じゃあ、分かったよ」と言って、あいつに鍵を渡したでしょう。岡の偉いところは、そうやって俺から奪い取った車で、「送っていくよ」と言ってくるところで(笑)。

内田:いいやつじゃないですか。

小田嶋:送ってくれるんだけど、それが俺の家までじゃなくて、途中の池袋駅までなんです。そこで降ろされて、じゃあな、と。すると、車を失った感がすごく倍増して。そういえば、「送っていくよ」という時の言い方が、うれしそうだったな、と。

内田:全部計算済みなんですね。岡康道さんって、あんなに面白い人がいたなんて、驚きでしたね。

内田先生は、小田嶋さん、岡さんの数々の人生の諸問題に、ご自身の人生の諸問題を重ね合わせたとか、そういうことはなかったのですか。

内田:小田嶋さんは僕の6歳下ですが、その世代に対して、我々先行世代は負い目があるんですよ。やっぱり。

どういう?

やることを焼き払った団塊世代

内田:高校時代のところを読んでいて、下の世代を、こんな高校生にしちゃったのは俺らだな、という感慨があるわけです。要するに僕たちが全部のものに手垢を付けて去っていってしまった。それは柴田元幸さん(=翻訳家、1954年生まれ)にも言われました。

 例えば、「あまりに先に言われ尽くされたので、下の世代はビートルズが好きだとかは、もう言えない」と。かといって、ストーンズが好きだとも言えない、と。しょうがないからバートとか、キンクスとかが好き、と言ってみても、ちゃんと先行世代のつばが付いている、と。

 自分たちの世代の価値観とか、美意識とか、ライフスタイルというのが、先行世代にわりと根こそぎ持って行かれちゃっているという感触が、小田嶋さん、岡さん世代の特徴なんです。柴田さんが、「我々の世代は卑屈がデフォルトですから」って、言っていましたけど(笑)。

小田嶋:それでメディアには三無主義とか言われちゃってね。先行世代は、大学解体とか、高校解体とか言って、解体だけはしていったんだけど、再建はしていかなかった。

内田:確かにそうなんです。何も作ってない。全共闘運動というのは、本当にひどい運動だと思います。

本には、小田嶋さん、岡さんが開いた、高校時代の、わけの分からない読書会の話が出てきますが、内田先生もされましたか?

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