小田嶋:観客席に劇団員が紛れ込んでいて、それで突然、シュパッとマッチを擦って、火が付いている間だけ何か詩みたいなものを語るんだよね。消えるとまた座って。いったいどこに劇団員がいるのか、自分が客なのか、出演者なのかわからないような芝居。

:みんなが会場に入ったら、ドアのところに板を渡して釘で打ち付けてね。フェイクだったと思うけど。

小田嶋:不安感を醸成しておいた中で、後ろでぱっと火をつけるやつがいたりしたから、これは大変なところに来ちゃったな、と。

:でも、衝撃は受けたよね。

小田嶋:その手があったか、みたいな部分はあったよね。寺山修司が死んだ時、ちょうど俺はラジオ局でアルバイトをしていて、「天井桟敷」まで取材に行ったんだよ。その時、相手が「商業放送が何しに来た」という感じで、あの態度は忘れられなかった。やっぱりこの人たちは気合が入っているな、みたいな(笑)。

太宰治と和解した

:僕は高校時代に桜桃忌に行っていましたね。当時は恥ずかしかったから黙っていたけど、とにかく似合わないわけだ。桜桃忌に来るような連中の中で、俺みたいに体が大きなやつはいないじゃない? それが太宰の本とかを持っちゃって、それで夕方のニュースか何かでやるカメラが回っているんだよね。こんなのに写ったら学校へ行けないぞ、と。でも桜桃忌に行きたくてしょうがなかったね。

小田嶋:岡は太宰に衝撃を受けたんだ。

岡康道氏

:そう、激しく衝撃を受けた(笑)。桜桃忌が近づくと、三鷹のお寺の近くにある図書館に行って本を読んで、桜桃忌が始まる前、まだ誰もいない太宰のお墓に行ってうろうろしたりして。何というのか、変態だね、ははは。

小田嶋:かぶれるというのはそういうことだよね。俺も太宰にはかぶれていたけど、桜桃忌にはやっぱり、どうしても恥ずかしくて行けなかった。かぶれているということを人に言うのもちょっと抵抗があって。

:だから悪口を言ったりする。

小田嶋:最近ようやく和解したけどね。高校を出てからつい最近ぐらいまで、太宰は気持ち悪くて気持ち悪くて、大嫌いだと、何か付けて攻撃していたよ。

:何かみんなそういう反応するな、あの人には。不思議だね。

小田嶋:虚心に作品を読むとよくできているんだよ。太宰って実は何でもできた人なんだよね。文体も女学生風も書けたし、堅いものも書けたし、語りみたいな戯曲みたいなやり方もできたし、全部できた人。きっと日本文学史上、いろいろな文体の出し入れができたという人は、太宰治と三島由紀夫なんじゃなかろうかと思う。

:そうかもしれないね。そういう文には影響を受けるよね。俺は小田嶋の文体も模写したくなるものだと思うけど。

コラムを書きたい人たちが小田嶋さんの文章を真似するパターンはけっこうあります。

小田嶋:僕もいろいろなものを引っ張ってきてやっているわけですけど、文章を書くことは、きっと誰かの真似をするということではありますから。オリジナルというものは5%ぐらいなんじゃないんですかね。あとの95%は、それまで読んできたものや何やらの混合体なんでしょうけど、その混ぜ具合が、その人の個性だというだけで、100%個性だけでできている文章なんてないですね。

:あとは文体のリズムみたいなものがあるよね。これはわりと説明できないけど個体的なものだよね。小田嶋の文章は明らかに小田嶋のリズムがあるし。内容よりもリズムがいいということもあるでしょう。

小田嶋:歌のうまい人はたぶんつまらない歌を歌ってもいい、そういうことがあるよね。筋としてつまらなくて、小説としてスリルがないけれども、村上春樹とかは読めちゃう。読んでいて気持ちいいだけで最後まで行けちゃうでしょう。

:ああ、読めるよね。

小田嶋:たぶん駅から歩いていたら百円玉が落っこちていて、それを拾ってパチンコをやったら、あれが出て、みたいな話でもちゃんといけそうだし。

お金をもらうと、サービスしたくなる

:第1回で話したけれど、庄司薫もそうだよ。村上春樹と庄司薫。

小田嶋:庄司薫もそんな素晴らしいことを言っていなくても、何となく読めちゃうね。

:だってあれ(『赤頭巾ちゃん気をつけて』)は、浪人していて東大受験がなくなったということだけだろう、いわば。

小田嶋:それほどたいしたことも言っていないよ。

:ははは、そうか。どっちにしても、どうでもいいような話だよね。最近は読んでいないから分からないけど、でも、当時は気持ちがよかったんだよね、圧倒的に。

小田嶋:シャルル・アズナブールが、電話帳を読んでも歌になるといわれたそうだけど、そういうことだね。

ウェブで書く時、小田嶋さんのリズムはやっぱり紙とは全然変わらないんですか。

小田嶋:変わらないですよ。ただ何が違うかというと、活字に書く時とウェブに書く時の違いは、枚数とかテーマの制限があるかないかの違いで、あと料金が発生しているかどうかですね。何か料金が発生していると、いらんサービスをしなきゃいけないような気持ちがどこかにあるんですね。じゃあ、出来不出来はどうなのというと、またこれは別なんです。

:でも料金が発生しない場所で、文章をどんどん書いちゃうと、ネタが尽きてしまう事態にならないの?

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