小田嶋:どうだろう。時間の問題というよりも、こっちの気分が変わってきたというか。僕は若干無気力になる時期と、活発になる時期が交互にあるんですね。親切で活発で多弁で快活で攻撃的で、という行動状態のときはいろいろ口数も多いし、すぐ相手をやっつけたり、すぐ謝ったり、いろいろやるけど。そういう気力が衰えてくると、黙りがちになって更新さえしなくなってくる。そういうことが2カ月単位であるみたいね。

:思想じゃなくて気分に支配されているのか。

小田嶋:そうなんじゃないだろうかというふうに思っているね。もっといえばアドレナリン。とてもケミカルなもの。

:お前は昔、アルコール中毒にかかっているから。

小田嶋:酒をやめるときに、抗鬱剤を処方されたんだけど、抗鬱剤を飲んでから、そういうふうに考え方が変わっちゃいましたね。まったく今まで自分はこんな人間であったことがないような変わりようだった。服用していたのは半年ぐらいかな。その間に8キロ太りましたけど。

:楽しいの?

小田嶋:うん。楽しいの。いや、楽しいとかというのとは少し違うんだ、前向きなの。

:前向きになるの? 小田嶋が? それはおかしいな。

小田嶋隆氏

小田嶋:前向きでマメで。だってすごいよ。手帳に買ったものの値段を全部付けるとか、家のことも全部、やりたくなるの。朝、まず掃除するのね。その後も、洗濯とか、非常にやりたいの。何か信じられないやつになっていた。

:面白いの?

小田嶋:面白いんだよ、これが。嫁さんが懐かしがっているよ。今でも掃除はするけど、今、俺が掃除する時というのは、要するにすごく当て付けがましいわけ。指で埃をぬぐって「こんな汚しているな」という感じ。まるで、どこかの姑みたいな嫌味な雰囲気で掃除するから。もう遠い昔の記憶になっちゃったけど、抗欝剤を飲んでいた当時は、すごく楽しそうに掃除機をかけて、家中ぴかぴかに磨いていたらしいんですよ。気分というのが薬であんなに変わるんじゃ、いったい人間って何だろうかと。

:確かに。

小田嶋:とてもケミカルな生き物なんじゃないだろうかと、人生観もすっかり変わっちゃった。その時、俺が友達に「本なんか読むのは怠け者だよ」と、言ったんだって。当時は本よりも生活が面白くてしょうがないから、本なんて読んでいるやつは、そういう世界に逃げ込んでいる、ぐらいな感覚ですよ。

サルトル担当、カミュ委嘱

そもそも、本を読むことって、偉いことだったんでしょうか? 昔は子どもが本を読んでいると、親は「本なんか読んでいないで、家のことを手伝いなさい」なんて言っていた記憶もあるのですが。

:うーん。やっぱり偉かったんじゃないかな。偉かったというよりも、何というんだろう、格好いいもの。ただ、それは難しい本の場合ですよ。放課後の教室で一人、吉本隆明とかを読んでいるやつって、格好いいなというのはあったね。

小田嶋:先生に褒められるという意味のいいことじゃないですけどね。

:ディスコに行って女の子をナンパする遊び人とはまた違って、非常にストイックな感じの格好よさ。いろいろ言っても、最終的に勝つのはこっちなんだろうな、みたいな。

小田嶋:勝ち負けか。

:はっきりいって幻想だったね(笑)。そういうものに取りつかれていましたね、高校時代は。

小田嶋:高校生ってやっぱりそういうところに、わりとピュアに取りかかれるから。また友達がやっていることに、もろに影響を受けるんだよね。俺なんかも本当は本を読む性質じゃなかったはずなんだけど、岡はあっちの方も読んでいるのか、じゃしょうがない、俺もカミュぐらい読まないとな、なーんていうことでカミュあたりを読むわけ。そうすると、カミュは俺の担当だから縄張りを荒らさないでくれ、みたいなことになってくる。

:カミュにしてみればいい迷惑だよ。

小田嶋:サルトルは、お前にまかせるぜ、なんて。

:だから、よくよく考えてみると、知的ですよ。もし意味が分かっていたとすれば。でも分かっていなかったから何とも言えないんだけど。

小田嶋:理解したかどうかはともかくとして、真似って、身に付きはするんだよね。本当の話、カミュなんて俺も分からないです。

:そんな、あっさりと。

小田嶋:でもこういう文体なんだよな、このムードだよな、みたいなことだよね。

:形から入っちゃって。

小田嶋:ある年齢の男の子とか、女の子とかは、どの世代でも、おしゃれには必ず関心があるじゃない? たとえば俺なんかでも、こういう靴が欲しいんだ、みたいなことがあって、それと同じような気分で本にかかわっていたね。

:そうだね、洋服なんかと近い感覚なんだ。

小田嶋:すごく不純な感覚ではあるんだけどど。

:不純だよな。しかも、本だけじゃ足りないんじゃないか、というので、たとえば演劇とかも行くわけだ。これもまた全然、意味が分からない。寺山修司の……。

小田嶋:行ったね、寺山修司。

:アテネフランセで上演した「天上桟敷」の芝居ね。もう、わけが分からない。楽しくもない。だけど、そこに高校生なんてまず、いないからね。それだけで何か特権的なエリートの気分になって、何回か行って。

次ページ 太宰治と和解した