岡さんは昔から、そういうのが勝手に出てきちゃう性質なんですか。
岡:そんなことはないですよ。ほら、小学校とか中学校って、クラスに面白い子がいるじゃないですか。僕はそういう子だったためしもないし、国語の点数もよくなかったし、作文が上手だったこともないし。どちらかといえば陰気な子だったぐらいですからね、高校になるまでは。
確かに文体模写という遊びをあらためて考えると、モチベーションは陰気ですよね。
面白いことが起きれば、意味がある
岡:僕は日記を小学校4年生ぐらいから書き始めていて、その日記は今も続いているんだけど。4年生の時に、これ、もしかしておふくろが見ているんじゃないかと思って、引き出しのところに鉛筆を挟んだんだよね。で、帰ってきたら、やっぱり鉛筆が落ちていてね。「俺は日記を書いているんだ」と、僕自身がおふくろに言ったから、おふくろも見たくなるわけですよ。引き出しの鉛筆が落ちていることが分かって以降、僕は「読まれている」という前提で日記を書くようになって。
すごい日記ですね。
岡:親と一緒に暮らさなくなってからしばらくは、本当のことも書いていたんですけど、今度は女の人と暮らすでしょ。で、女の人も絶対読むと思ったので、ずっとウソの日記を書いてきましたね、今にいたるまで。だから日記といっても、何があったのか本当のことは、分からないわけですよね(笑)。
小田嶋:そういうウソをつくのが、こいつは好きなんですよね。得にならないウソ。普通、人は自分が得になるウソをつくじゃないですか。何でこういう利益にならないウソをつくのかね。
岡:何か面白いことが起きれば、それが利益なんだ。なんて言うとカッコイイだろ。
小田嶋:手の込んだことをするんだよね、何でだか……。大学時代のある時、岡から電話がかかってきて、「面白い話があるんだ」と言うから、「別に俺は興味ないよ」って切りかけたんですよ。そうしたら「本当に興味ないか」とか「じゃあ、言わないぞ」とか「とにかく来てみろ、面白いんだから」とか。そこまで言われたら、どうしたって気になるから、出かけていくわけですよ。こんな時間にかよ、とぶつくさ言いながら、車に乗って。岡を車に乗せると「右だ、左だ」と、どんどん変な方に行って、着いたのは目白の薄暗いアパート。「おい、ちょっとここで待ってろ」と言い置いて、アパートの中に入っていった岡を、何が起こるんだろうかと待っていると、段ボール1個持ってきて、「これだよ。じゃ、とにかく、もう1回車に乗ろう」って、また岡の下宿に戻ってくる。で、この箱なんだけどさ、単なる柿なんですよ、実は……。
岡:柿を運びたかったんだよね、ハハハ。
小田嶋:種明かしをすると、岡の大学の知り合いで田舎から柿を送ってきたやつがいて、「お前にやる」と言われたんだけど、こいつ当時貧乏していて、取りに行く手だてがないから、俺を呼び出したんだよね。「おい、面白い話って、何だよ」とこっちが怒ると、「お前がここにこうしていることだよ」と(笑)。
爽やかだなー。

岡:そんなこと、あった?
小田嶋:「だってオマエが柿1個のために、ここまで来たんだから、面白くないか? はいっ」て、柿を1個くれるんだよ。おい、1個かよと怒ると、「山分けじゃ面白くないだろう」って、俺は柿1個もらって帰るんですよね。
岡:そりゃ、納得できないよな、確かに。
小田嶋:しかし、よくこういうことをするなと思ったよ。最後に種明かしするまで、ずっとまじめな顔をしているんだもの。で、「とにかく来いよ。目白のちょっと奥の方で、お前、行ったことないだろう。お前、もしかしたら見たこともないかもしれないな」なんて言われると、ついつい、目白に何があるんだよ、となっちゃう。柿ぐらい見たことあるよっ(怒)。
引っ張るんですね。
小田嶋:「本物を見たことがあるかなー」「ええ、分からないなあ、どんなものだよ」「結構、丸いものだよ」といった会話(笑)。途中、女かな、って、すごくというか、ちょっとわくわくしているんです。そう思っていたのが後で悔しい。
配るわ、轢くわ、燃やすわ…
岡:小さいころの僕の話をしていてもしょうがないんだけど、まあ、小さい時からその傾向はあったね。僕は豊島区の路地の長屋みたいなところに住んでいたんだけど、その路地には同じぐらいの歳の子どもたちが何人も住んでいて、そこで共同体みたいなものができ上がっているわけ。誰々君は機関車、誰々君はボールって、いろいろなおもちゃを持っているわけだけど、ある時、僕がいいことを思いついて。物が流通するには貨幣があればいいわけじゃないですか。それで、100万円と10万円とか1万円とかの金額を新聞紙に書いて、これをみんなに配ったんだよね。
今でいう地域通貨ですね。
岡:その路地の中でだけ流通する通貨ね。それを作ってから地域の中で、物の所有権の移動ができるようになったわけだけど、問題は、その紙幣を作る権利は僕にしかない、ということで。しばらくそれをやっていると、当然僕のもとにだけおもちゃがどんどん集まる。これ、親にばれてね。めちゃくちゃ怒られたね。
小田嶋:ああ、俺、その話、分かるな。いかにも岡がやりそうなことだ。そういうところの手並みの鮮やかさがねえ。手並みと言ったらあれだけど。1度俺の車に乗っていて、お前が運転していて、中学生が自転車でぶーんと来た時にガチャッとぶつけちゃったことがあったじゃない。中学生がガタッと向こうに転んじゃって。
マイルドに轢いちゃったわけですね。
小田嶋:ヤバイ、子どもをひいた、と思って、俺は青くなっていたんだよね。そうしたら、岡がぱっと降りていって、びっくりしている子どもに向かって「大丈夫か?」と、大きい声をかけた。そうしたら子どもは、ぴょんと立ち上がってね。
岡:びっくりしているから、思わず立ち上がっちゃったんだよ。
小田嶋:そうしたら岡は「偉いっ、男の子だっ」と、バシッと背中を叩いて。子どもは甦って行っちゃったけど、それを見て俺は、こいつ、よくこんな怖いことをやるなあと唖然としたね。
岡:そんなこともあったっけね。僕が住んでいた路地では、昔、木のごみ箱だったんだよね。上に木のふたがあるんだけど、すき間が当然空いているわけで、そこにマッチで火を付けて入れたら、どんなことになるだろうと思って、ずっとマッチを擦って中に入れていたの。そうしたらぶわっと燃え上がって。
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