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 優れた数学者になれる可能性があるのに、芸術家や金融業者になりたい人もいるかもしれない。しかし、そうした本人の最終的な選択は問題ではありません。一番うまくいく可能性のある、自らが望み得る生き方の選択肢をできるだけ与えることはできないだろうか、ということです。

 若ければ若いほど、様々な「潜在能力」を創ることが容易です。潜在能力は互いに少しずつ積みあがっていくものだからです。いったん基礎的なスキルを身に付ければ、次のスキル、またその次のスキル、とスキル向上のために「投資」していくことが容易になります。

 心理学者のK.アンダース・エリクソンと、著名なビジネス書著者であるマルコム・グラッドウェル氏が、何かの分野でプロになるには1万時間の経験が必要だと言っていましたが、私は少し違うと思います。私が音楽に10万時間打ち込んだってモーツアルトにはなれませんし、数学に10万時間かけたって、数学者のフォン・ノイマンのようにはなれません。しかし一方で、経験が人を築いていく構造があり、その構築のためにはタスクに対する辛抱強さが求められます。過去から体得し、学び、失敗から学ぶことが人生に大きな差をもたらします。その意味で、経験がとても強力なスキルにつながり得るのは確かです。

 幅広い潜在能力を創るのは、様々な要素の「組み合わせ」なのです。福沢諭吉は、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」「賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり」「ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり」などと賢人と愚者、富める者と貧しい者の差を教育に帰していましたが、少し違うと思います。(市場に重きを置く)アダム・スミスも違うと思います。

 (能力の差を)すべて遺伝に帰する考え方もあります。確かに、人はそれぞれ、違ったふうに生まれてきます。だからといって「結局は親からの遺伝、才能がすべてだ」と言うのも考えものです。結局はこれまで触れたような全部の要因の組み合わせなのです。

どれが一番大きく影響する、というわけではなく、組み合わせ、ですか。

ヘックマン:というのも、遺伝子も不変ではないからです。現代の遺伝子学では、たとえ一卵性双生児のDNAであっても、遺伝情報の発現(expression)が異なるとされています。

 つまり、例え一卵双生児で同じ遺伝情報がある場合でも、違う「経験」をした結果、違う遺伝子を持つようになるわけです。これまで考えられていた「遺伝」も、その意味が変わってきたのです。神経精神医学者のエリック・カンデル米コロンビア大学教授が2000年にノーベル賞を受賞しましたが、彼はその研究で、経験がいかに脳を変化させ得るかを示しました。

経験を通じて脳の機能の仕方が変化

 カンデル教授は海洋生物のウミウシを研究しました。そしてこのシンプルな動物で、経験を通じて脳の働き方が変わったことを実証したのです。生物の体に「経験」がどのように取り込まれていくのかについては、現在ますます研究が盛んになっています。