「両親が離婚しているので、結婚できない」「子どもの時に母親から虐待を受けたから、子どもを産む自信がない」。子どもの頃のこのような体験が“トラウマ(心的外傷)”になって、結婚や出産をためらっている。このような相談をよく受けます。

 トラウマやPTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉が日本でよく使われるようになったのは、1995年の阪神大震災以降のことです。大きな自然災害、事故、事件などに遭遇することで心が傷つけられた人は、強い抑うつ、不安、不眠、悪夢、恐怖、無力感、戦慄などの症状が起こるというのです。

 たしかに強いショックを受けたことは事実ですが、その後の人生で行き詰まった時、そのことすべてをトラウマによると考えることに問題はないでしょうか。結婚や出産をためらうのは、本当に、トラウマのせいなのでしょうか。そもそもそのトラウマは本当でしょうか?

 実は、何かに行き詰まった時に、過去に経験したことがその行き詰まりの原因であると考えることには隠された目的があります。どうすればこのような考えから脱却できるか考えてみましょう。

トラウマに苦しむのではない

 2001年に大阪の小学校で、子どもたちが次々に暴漢に刺されるという痛ましい事件がありました。附属池田小事件と呼ばれるこの事件の直後、ある精神科医が、テレビのインタビューに答えた内容を聞き、私は驚愕しました。その精神科医はこう答えたのです。「今回の事件で、その場に居合わせた子どもたちは、たとえ自分が犯人に傷つけられていなくても、今後人生のどこかで必ず問題が起こる」と。

 つまり、当該事件によって起こるであろう心理的なダメージから逃れられずに、問題を抱えたまま生きていくであろう、といったわけです。その精神科医は「それほど子どもたちにとってダメージの大きい事件だった」ということをいわんとしたのだと思いますが、私はその発想自体に、非常に疑問を持ちました。

 あの時、事件の現場に居合わせた子どもたちは今もう二十歳になります。恋人ができている人もいるでしょう。結婚をしている人もいるかもしれません。そんな彼らが、付き合っている相手との関係がうまくいかなくなったり、結婚生活が続けられなくなったりすれば、あの事件の時に受けたショックがそのことの原因と考えるのでしょうか。

次ページ 「AだからBできない」は本来ありえない