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女性戦闘員が増えれば戦争への抑止力になる?

 先進国共通で私が大事だと思うことは、軍隊を持つ/持たない、戦争賛成/反対にかかわらず、戦争の責任が男女平等になるようにすることだ。日本にも自衛隊がある。自衛隊などの戦闘員は何十年後かは分からないが、アファーマティブ・アクションや数値目標などによって最終的に男女半々にしていくべきだろう。現在、女性自衛官の割合は5%前後だが、これからも増えていくだろう。そして司令官も国防大臣も男女半々にすべきだし、なっていくだろう。国際社会は実際にこうした方向に向かっていくと思われる。

 前述したように、ノルウェーで徴兵制が2015年から男女平等になり、女性も徴兵対象になった。全く同じ条件で戦闘に参加するところまでいくかは微妙だが非常に大きな進歩である。同国では防衛大臣も法案設立時は女性であり、閣僚も約半分は女性、管理職も男女半々近くにしてきている。

 当たり前だが、女性に不利なところだけでなく、男性に不利なところも公平にしていかなくては男女平等ではない。それをしなければ単なる男尊女卑の逆の女尊男卑になるだけである。男尊女卑はフェミニズムが追い出しているが、女尊男卑は男性側が追い出さなければなくならない。この両者がともになくなった時、女性差別も男性差別もなくなり平等な社会になるのだ。

 現在生まれてきた子供たちが、男に生まれたというだけで暴力を社会化して強制され、その戦争の罪を着せられ、男にすべての罪があるという状態は消し去らねばならない。

 この連鎖を止めるためには、男性人権派の視点から考えても兵役の半分を女性にするのが一番なのである。選挙権の半分を有している状態で、女性は戦争を望んでいなかった、全部戦争は男(男の政府だろうと、男の権力だろうと、パトリアキー家父長制だろうと)が起こしたとはもう言うことはできなくなる。

 問題は、根底にある「社会を保護しろ」という社会の生存のニーズが男女両性に課してくる性役割が見過ごされていることだ。戦争の責任は男女半々であるべきだ。そして殺して保護するという性役割も男女が共に社会化されるべきだ。

 生産的な面を言えば、たぶん兵士の半分が女性になれば、戦争はぐっと減るだろう。

 まず女性の中のタカ派はリスクなしで無責任に戦争を煽れなくなる。これは抑止力として働くだろう。

 さらに、まだまだ男性が死ぬよりも女性が死んだ方が「かわいそう」に思えるというジェンダーを人類は克服しきれていないので、たぶん女性が戦闘員の方が戦争の悲惨さがより感じられやすくなるだろう。それが抑止力になるかもしれない。これは男性差別反対派としては残念なことだが、現状はしかたがない。

 社会の生存のために人殺しの性役割を男性に強制し、その暴力の責任を男性だけに負わせるという男性差別を今世紀中になくさなければならない。そうすれば戦争自体が減る可能性があるし、それができるのがマスキュリズムなのだ。

 (この記事は日経ビジネスオンラインに、2015年4月20日に掲載したものを転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)