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「戦争に行かない男とは結婚しない」

 西洋を含めたあらゆる戦争のパターンについて、自分はこんな仮説を考えている。

 その国の男女両方が経済的利益、または安全確保のために戦争をしたがる。社会の生存のためだ。「男なら戦え」「男なのに情けない」といったジェンダーのステレオタイプにより、男性が社会の生存のために戦争に行かされる。勝てば男女両方の利益。負ければ男性(の軍人)が悪く、女性は罪のない被害者。そして男性だけが戦争を起こした者として責任を取り、女性は罪なき被害者として責任は取らない。

 これの一つの分かりやすい例がアメリカの南北戦争である。この戦争において、男性が戦争を煽り、女性は平和主義者だったのだろうか。

 イメージとしては、勝ったのは黒人奴隷の解放を掲げて勝った北部の男女、負けたのは頭の固い南部の男性、と思い浮かべやすい。しかし、実際に南部の女性が戦争反対主義者、もしくはおとなしい意志のない存在であったわけではない。

 南部の男性たちの徴兵反対運動は、南部の女性たちの「戦争に行かない男とは私たちは結婚しない」キャンペーンにより、強力なダメージを受けた。その後、南部の徴兵反対運動は挫けてしまう。

 なぜ南部の女性たちは戦争に賛成したのか? なぜ男性を戦争に行かせたがったのか? なぜ戦いを煽ったのか?

 答えは、南部が北部に負ければ、「男女ともに」経済力を失うからだ。黒人奴隷が解放されれば、南部は利益収入源を失い、「男女ともに」経済的不利益を被る。経済力が下がれば収入も下がり、おいしい食事やおしゃれな衣服、装飾品、子どもの教育費など、すべての質が下がる。これは男女両性が被る不利益である(逆に、勝てば男女両方の生活水準が上がるかもしれない)。女性側に、戦争に賛成し、煽るメリットは男と同等にあるのである。

 南部で徴兵反対運動をした男性たちは「男のくせに情けない」「意気地なし」「とても結婚相手にできない」と罵倒されたが、この後、南部が戦争に負けると、戦争で戦った南部の男たちは悪者とされた。そして数十年後にアメリカのフェミニストたちから「男たちの暴力」と呼ばれた。

 平和な時代になると、それまでの戦争の全責任は性別として男全体に負わされ、性別として男は戦争主義者で暴力的で悪、女は平和主義者で思いやりがあり善とされる。しかも男性は兵役で実際に暴力のための訓練を受けるため、市民生活に戻っても暴力をふるいやすくなる。この繰り返しだ。