ニーリー:そうですね。2つの言語をグローバル企業が使っている場合、非効率的ですし、多くのミスの温床になりますし、情報の流れを遅くしてしまう恐れがあります。

通訳者が何人いても追いつかない事態に

 言語を共通化することによって、合理化すべき理由がもう1つあります。考えてみて下さい。もし、企業が複数の言語で業務を遂行していたら、すべてのものについて翻訳を用意しなければならないのです。すべてを翻訳する余裕などないために、特定の国のオフィス、例えばスペインオフィスを無視しなければならないかもしれない。これはあり得ないほど非効率的ですよ。

入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学ビジネススクール准教授
1996年慶応義塾大学経済学部卒業。98年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て2008年、米ピッツバーグ大学経営大学院で博士号(Ph.D.)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校経営大学院助教授に就任。2013年から現職。専門は経営戦略論及び国際経営論。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)がある。

入山:それは理論的な観点からも興味深いですね。性差や年齢が中心だったフォルトライン理論のほかの側面として言語があり、さらにそれがネットワーク外部性(例えば携帯電話の通信サービスのように、加入者が増えれば増えるほど1利用者の便益が増加するという現象)にもなっているということですね。

ニーリー:その通りです。

入山:ということは、フォルトライン理論から言えば国籍などはできるだけバラバラに多様化した方がいいわけですが、言語はやはり1つでまとめるのが一番良いと。

ニーリー:そこまで考えたことはなかったですが、そうとも言えます。

入山:性差や年齢の場合には、ネットワーク外部性はありません。

ニーリー:そうですよね。過去20年、公用語を英語にしてきた企業を研究してきましたが、通訳者ではもう、効率を高めるためには事足りなくなっていました。SAPも研究した当時は150人もの常勤通訳者を雇っていましたが、エンジニアは4000~5000人もいました。この5000人が、通訳者を介して会話をするスピードの遅さを考えてください。どれだけ非効率的か。

入山:SAPは確かに、公用語は英語ですが、ドイツ人はドイツ語を話しているそうですよね。だから、公式な会議であるとか、多国間の会議ではいやいや英語を話すと。

ニーリー:そう、いやいやです。

入山:でも米国人との会議でさえ、彼らは時々、ドイツ語を話すことがあったと。これは感情規制戦略(emotion regulation strategy)というものですね。たとえば、英語にハンデのあるドイツ人はその感情的な作用から、会議にドイツ語を話せる人だけを呼びがちになる。

 逆に英語での会議ではわざと黙りこくったり、あるいは英語の会議中なのに、わざとドイツ語でドイツ人の仲間と話すようになる。あるいは、メールのやりとりでも、英語のメール文の下にわざわざドイツ語で同じ意味の文章がつけられたりする…。とても興味深いです。そしてこれは、日本企業にも大いにあてはまりそうです。

ニーリー:それは、フランス人でも、日本人でも、中国人でも見られる現象です。それが人間というものです。組織中を1つの言語にまとめる戦略について触れましたが、ものすごく下位まで浸透させることの重要性が分かりますよね? 規範とポリシー、そしてガイドラインがとても重要なのですよ。

 感情規制戦略を取って自分の母国語に切り替えるということは最小限にしなければいけません。そのような態度を取ると、そこで言葉の壁による心理的な距離が生まれてしまいます。

入山:それはあなたが論文で指摘されていましたね。

ニーリー:蚊帳の外に置かれた人たちは腹が立ちますもの。「俺の悪口を言ってるのか?」と思うかもしれない。決していい気持ちではないでしょう。

次ページ 英語ネイティブはゆっくり話すべき