自分なりにベストを尽くしている

皆が理念に共鳴していても衝突が起きるから。

辻井:例え話ですが、パタゴニアでは、製品のジッパーが壊れても「すぐに新品を買わないでください。修理すればまだまだ使えますよ」とお勧めしています。ただし、つい最近まで修理部門の物理的なキャパシティーの問題で、修理に長い時間を要していました。仮に、店舗で修理を受け付けたスタッフが、何とかここで解決できる方法はないかと考えたとします。で、近所の「お直し屋さん」に出す方法を思いつく。修理品が早く手元に戻ることでお客様は満足するし、修理部門の負担も減るはずだし、自分はコアバリューに則って「誠実」な行動を取った、と思うかも知れません。

 でも、仮にその製品が通常のスポーツウェア(普段着るような衣類)ではなく、テクニカルウェア(アウトドアスポーツで実際に使用するギアとしての衣類)で、そのお直し屋さんには、そういった製品の修理経験がなかったら、どうなるでしょう。修理のクオリティーがお客様の満足度に到達しないというリスクが出てきます。店舗スタッフは良かれと考えてベストを尽くした訳ですが、修理部門からしてみたら、必要な「クオリティー」を実現するために日々努力している自分たちのことをないがしろにされたと感じるかも知れません。店舗スタッフから見れば、スピードも「クオリティー」ですし、「お客様との約束を守ること」こそが「誠実さ」ではないかと考えるのは当然です。だからこそ、普段から、対話を通じてミッションやコアバリューに関する理解を深め合う必要があるのだと思います。

みんながみんな理念に従っているのに、なぜだと不満だけが残る。

中土井:これ、いくらイヴォン氏の理念が素晴らしかろうと、自分の立場や行動や正当化のために使った段階で、レベルの低い衝突が始まるんですね。これは、経営者と社員の間でも同じですよ。例えば、あなたが社長だったとして、社長だけで進めていたプロジェクトがあったとする。新しい設備投資の話でもいい。

 ただ、まだ正式に決まっていない案件で、途中でダメでした、といえば、皆がっかりする。経営的にもマイナスの影響しか出ない。だから、極秘裏に進めようと考えた。この案件は理念に反してないし、皆のため。正しい行動だと思うかもしれません。でも、組織のレベルが低い状態だと、社員からすると「何でも決めている」「何でも勝手にやっている」との不満が募ります。つまり、同じ行動でも、いい社長になるか、身勝手な社長になるか、社員側の意識レベルで全く受け止められ方が違うわけです。

 でも、これお互い、相手を人としてみてないから起きるんですよね。つまり、「自分の立場の正当性を主張しているな」と意識できれば、ネガティブな情報でもみんなが引き受けることができるんだと思うんです。それが足りないんです。

皆が正しい判断をしているつもりでも衝突が絶えない

そのためにはどうすればいいのでしょうか?

中土井:環境を改善するには、いったん、自分の立場から離れて捉えるようにする。これは入社したての社員から経営者まで訓練が必要なことです。パタゴニアさんでも実践しているのは立場を変えたワークショップで実感してもらうのでいいでしょう。

 例えば、お店の人が日々遭遇している問題を題材に、自分だっだらどう解決するかを話し合うだけでもいい。そうすることで、自分が間違っている発想をしていることに気がつくこともある。

 例え話ですが、売り上げがなかなか伸びないお店があったとします。どうすればいいのか分からない。自分ができるのはコスト削減ぐらいなもの。その店長はベストを尽くしていると思っている。店長としては「俺は努力している、悪いのは売れる商品がないことだ」と思っているかもしれない。口にださずとも、意識レベルでそう捉えてしまって、もうそれ以上の工夫も行動ができないただ、ただ、コスト削減だけ続けていた。

 「悪いのは売れる商品がない:というのが本人の気持ち。でも、本当はもっとほかの店舗で売り上げを伸ばしている工夫を聞ければいいんですよね。でも、その店長はこりかたまってどんどん自分でクビを締めている状況でもあるわけです。これに気がつけるかどうかなんです。

周りから評価・フィードバックが常にあれば解決できるのでしょうか?

中土井:「制度としてフィードバックを組み込んでおけば解決するんじゃないですか」との指摘はあるんですが、実は周りからのフィードバックって、現状の行動に対してフィードバックされるだけなんですよね。「何か言い方がきついよ」とか「何か最近モチベーション下がっているよね」という言われ方しかしないので、本人は否定されている感覚が残るだけで、何が悪いのか分からない。

なかなか状況には気がつかない。

中土井:ええ、『学習する組織』でピーター・センゲさんが言っているんですが、「自分が問題だと思っていることの半分は外れている」。特に、組織の問題の大半はこのすり替えられた問題だとも言っている。

 つまり、自分の悩みは外れている可能性がある。自分のすり替えている問題って何だろうと、意識して。自分の立場を離れて一緒に考える作業が大事なんです。

 パタゴニアが、辻井さんが、いま狙っているのはそういうことなんだと思います。

 (この記事は日経ビジネスオンラインに、2013年8月6日に掲載したものを転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)

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