集団同士を協力させる研究が進む

中野:ただ、異なる集団がどうすれば協力できるようになるかを数理社会学者たちが研究しています。

え、そんな研究分野があるのですか。

中野:はい。そこでは、今のところ、協力させることは難しいということが分っています。

 ある集団とある集団が利益を共有して協力する状態を「メタn人協力」と言います。残念ながら、これを実現するのは容易ではありません。協力を促す危機や敵を設定する必要があるからです。それも「将来の危機」のような漠としたものではダメ。「目の前の差し迫った危機」が生じない限り、なかなか実現しません。

不仲な国と国がメタn人協力を実現するためには、それこそ宇宙人が攻めてくるような事態が発生する必要があるわけですね。

中野:そういうことです。

見えない要因を無視してしまいがち

中野先生はご著書『脳はどこまでコントロールできるか?』の中で、人間の脳が「誤った認識」を持つ事例をたくさん紹介されています。この中の「論理誤差」というのも、自分が属す集団とは異なる集団に敵対心を持つことにつながるもののように読めました。

中野:そうですね。例えば、専業主婦が当たり前だった時代を生きた女性は、家事もせず、子供も持たない現代の女性を理解しない--というのが論理誤差の例です。自分の常識だけをもって他人を評価してしまう。現代は夫の収入だけで生活するのは難しい環境です。そうした“見えない要因”を考慮することなく、自分の常識だけで測ってしまう。

よく中国の人が電車に乗る時、列に並ばないことをもって、「彼らはルールを守れない人だ」と断じる人がいます。本当はそんなことないのですが。例えば、中国では高速鉄道に乗る際に荷物検査があります。その時にはみな、大人しく並んで待っているそうです。

中野:それも論理誤差の例と言ってよいでしょう。

恋愛は脳を麻痺させること

そして、人間の脳は、自分の常識とは異なる常識に基づいて生きている人々を蔑視したり、敵視したりしてしまう。

中野:はい。それは知性の脆弱性によるものです。知性がなければ、自分の常識とは異なる常識があることを、想像することも、理解することも難しい。しかし、知性の働きがある程度弱く、目先の欲求に従順な方が、子供を残し「種」を保存することに適している。

複雑な話ですね。知性の働きが弱い方が、子供を残しやすいのですか? それは、どういう理屈なのでしょう?

中野:森さんは「知性」にどういうイメージを持っていますか。

うーん、考えたことがありませんが…。思いつきで言うと、物事を合理的に判断する能力で、それを発揮することでハッピーなことがある。

中野:知性は、簡単に言うと想像力、そして損得を判断する能力のことです。

 生物には2つのミッションがあります。1つは自分という「個」が生き残ること。もう1つは、子孫を作り、種を残すことです。前者の「個」として生き残ることに知性は有効です。餌をうまく採る、つまり利益を得るためには知性が必要ですから。

 しかし、後者の種を残す行為は決して個体にとって利益の大きいことばかりとは言えません。例えば女性の場合は、出産することで自らの命を危険にさらすことさえあります。ここでは知性がマイナスに作用します。

確かに。男性にとっても、自分の自由になるお金も時間も減ってしまいます。責任が重くなります。

中野:そうですよね。なので、人間は恋愛をするのです。恋愛というのは知性を麻痺させることです。知性を麻痺させ、合理的な判断力を低下させなければ、ヒトは、種を残すという個体の生存にとって不利益になる行為ができないのです。このことに思い至った時、私は愕然としました。

種を残すためには、知性が働かない方が適している。しかし、知性が働かないと、自分の常識とは異なる常識を理解できず、差別が生じてしまう。つまり、種を残すためには、こうした蔑視を許容するしかない。なんとも、脳の働きというのは皮肉なものですね。

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