厳しく部下や後輩を育てているのに、一向に成長しない――。そんな悩みを持つ人は多いのではないだろうか。「今の若い人はちょっと厳しく接するとすぐにつぶれてしまう」などと若者の気質に問題をすりかえてしまうケースも少なくない。
企業にとって永遠のテーマとも言える人材の育成。名古屋市で個別指導塾を経営し、1000人以上の子どもたちを指導してきた坪田信貴氏は「厳しく接しても人間は育たない」と断言する。坪田氏に正しい部下の育て方を聞いた。
(聞き手は小平 和良)
初の著書『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』は大学を受験する高校生の話ですが、学生と先生の関係を企業の上司と部下に置き換えても十分に成立しますね。
坪田:ええ、そうだと思います。本にも書きましたが、ダメな子どもや部下はいない。いるのはダメな指導者だけなんです。
坪田 信貴(つぼた・のぶたか)氏
株式会社青藍義塾代表取締役 塾長、学校法人大浦学園理事長。現在も自ら生徒を指導しながら、同時にIT関連など複数の企業を創業した起業家で経営者でもある。名古屋市在住。(写真:陶山 勉、以下同)
企業だと部下を叱りつけて厳しく育てる上司とほめて伸ばす温情派の上司がいて、時には厳しく叱りつける上司が成績を上げることもあります。どちらが正しいのでしょうか。
坪田:答えは決まっています。ほめて伸ばすタイプの上司です。暖かく見守らないと子どもも部下も育ちません。
叱りつけてばかりいると、部下は苦手意識を持ちます。それでも部下は上司の言うことを聞こうとしますが、苦手な人の言うことは無意識に拒絶してしまうので、その結果ポカしてしまう。これははっきりしています。
私も叱ることはありますが、それは信頼関係を築いてからです。いきなり叱りつけたり、説教をしたりすれば苦手意識を持たれて、それで終わりです。
子どもは、本気でその子の能力を信じてあげれば全力で返すものです。これは子どもだけでなく、部下もそうですし、人はみんなそうだと思います。
一方で疑うと能力は下がります。悪意を持った人に出会うと人は自分を隠そうとします。それ以上、粗を探されないようにするためです。突然ボールが飛んできた時に思わず体を丸めて守るのと同じことです。そうすると、体が固まってしまいますから、動きが遅くなる。リラックスした状態でなければ、本当の力は発揮できません。
人間は達成したいという欲求よりも、失敗を回避したいという欲求の方が2倍強いと言われます。「おまえダメじゃないか」と言われると、それを回避しようとしますから、余計にうまくいかなくなるわけです。
仕事も同じでしょう。プロジェクトがあっても失敗を恐れるあまり、動けなくなるということもあるかもしれません。「失敗するな」と言われれば、逃げたくなるし、緊張してしまう。その結果として失敗が増えてしまうわけです。
とはいえ、全幅の信頼を部下に置くのは難しいのでは。
坪田:仕事の場合だと成果を出さなければなりません。しかしながら、当たり前ですが、経験のない人が成果を出すのは難しい。ですから、失敗させることで、より大きな成果を出すということを意識する必要があると思います。
そして失敗がすごいことであると伝えてあげる。どうしても失敗できない部分については、むしろ上司の責任ですから、そこだけチェックすればいい。
例えばプレゼンの資料を作るとしましょう。信頼して「とにかくおまえの好きなようにやっていい」とまかせつつ、「ただし、目的はこういうことだ」ということや「ここを意識してほしい」といった点もはっきり伝えます。作った資料が不十分であれば、言いたいことを3つのポイントに絞ったうえで、確認する。
説教は5分以内
3つだけですか。
坪田:人間は5つも6つも覚えていられないのです。これもやれ、あれもやれといっても、複雑になるだけで、それを再構成することなどできません。
しかも、必ず5分以内で伝える。人間がインプットした情報は5分を1秒でも超えると半分になり、10分を1秒でも超えるとさらにその半分になり、15分を超えるとほぼゼロになるそうです。インタビューを30分したとして、その内容を言ってくださいと言っても、「こんな感じでした」としか言えないですよね。
ですから長々と説教をすることはまったく意味がありません。5分以内で済ませる。そして、最後に「なんだった?」と聞いてアウトプットをさせる。
「大事なプレゼンなんだからちゃんと作ってこいよ」と言って、作ってきたものに対して「ここもできていない、あそこもできていない」と説教するのは最悪です。あれもこれもと言われても、整理ができませんから、混乱してしまう。そしてそれがポカになるわけです。
そうなると「おまえまたミスして。何度言ったら分かるんだ」と上司が言うかもしれません。何度言ったら分かるのか。実は答えがあるんです。
答えがあるんですか。
坪田:何度言ったら分かるのか。答えは500回です。
500回、ですか。
坪田:データを取ったんです。英作文でチェックしなければならい4項目があります。「SV(主語・動詞)」「時制」「態」「ess(複数形)」です。これだけは、「3つのポイント」でなく、4つにせざるを得なかったのですが(笑)。1年間、小テストでこの4つをチェックしていくと、4項目が完璧にできるようになるまでに平均で500回ほどかかるのです。毎日言っているんですよ。それでも500回です。
だから、出会って3カ月は怒るべきではないのです。3カ月で相手のことを大して分かってもいないのに「あれがダメ、これがダメ」と言ってしまったら信頼関係はできません。
でも会社に入ると、「学生気分を抜く」などといって最初に厳しく接しますよね。
坪田:それが間違いです。
500回言えば分かるというのも、だから上司は500回言えという意味ではありません。500回言わないと分からないのだから、5回とか6回言ったぐらいで「何回言ったら分かるんだ」などと言ってはいけないということです。だいたい「何回言ったら分かるんだ」という言葉は3回か4回言ったあたりで出てくると思うのですが、それでできるはずがないのです。
それと、話す時はしっかり相手を見ないといけません。話していると意外と目線をはずしたりしているものなのです。僕が生徒を指導する時で60%。自分の中では90%見ているつもりでも、この数字です。普通の講師だと20%ほど。ほとんど見ていないのです。これだと相手がどう反応しているかも分からない。
部下を抱きしめるつもりで接する
会社だと部下に厳しいことを言わなければいけない時もあります。
坪田:叱りたかったら、上司が部下を抱きしめてあげればいいんです。もちろん実際に抱きしめたら問題でしょうから、抱きしめるような気持ちで接する。アンファスポジションと呼ばれる母親と子どもが向き合うときの姿勢を意識するのです。
昔だったら飲み会などで信頼関係を醸成したのでしょうが、今だとそれも難しい。抱きしめるような気持ちで接して、信頼関係を築くことが必要なのです。
あとは上司が部下のいいところを1分間で30個上げられるようにする。外形的なこと、社会的なこと、何でもいいのです。どんな部下だっていいところはあるはずです。部下であってもある分野においては「師匠」になってもらったっていい。僕の一番若い部下は釣りが趣味なので、教えてもらっていますよ。
部下を「師匠」にする
上司だからっていつでも偉そうにする必要はないと。
坪田:偉そうにする必要はありません。偉そうにしたりなじったりするのは自分の権威効果を高めようとしているのでしょうが、逆効果ですし、悪循環に陥りますよね。例えば『釣りバカ日誌』のように、釣りについては部下が師匠であるとなれば、部下も信頼してくれる。
「昔はもっと厳しかった」と言う上司もいます。
坪田:以前は辛いことがあっても将来は金持ちになれるぞ、幸せになれるぞという希望を持てた。でも今はそういう希望が持ちにくい時代です。努力しろ、きついことをやれと言われても先が見えません。やはり厳しく接する方法ではうまくいかないのだと思います。
(この記事は日経ビジネスオンラインに、2014年1月29日に掲載したものを転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)
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