でもビジネススクールが人生を変えるとか、万能だとは思いません。私にとって、ウォートンに行った最大の価値は、あの辛い極限の状況でも生き延びることができたという経験を得た点にあります。今でも、毎日大小いろいろなことが起きますが、ウォートン時代を思い出すと、「あの時の辛さに比べると、たいしたことはない」と、頑張ったら、全てが乗り越えられると思えるのです。

海外留学で培われるのは「耐える力」

 若い頃「もうダメかも」「やっていけないかも」と大きな不安の中に突き落とされ、そこから這い上がる経験をしたことは、私の人生にとって良かったのかもと思います。「耐える力」が養われました。留学1年目の最初の半年の辛さと言ったら、もう。これが今日のお話です。

 同窓会の席で、目の前に座ったのは、現在、投資ファンドで活躍している岩本朗さん。ウォートンでは、基礎科目が同じクラスでした。思い出話の時にいつも出てくる話題は、入学して数カ月経ち、最初の試験が終わった日のこと。

 その日は、寒い日でした。フィラデルフィアの冬は、とっても寒いのです。乾燥していて、凍りつく痛い寒さ。そんなに寒い日だったのに、試験が終わった2人は、地下鉄やバスを使わず、歩いて、帰宅しました。学校と住まいがあるダウンタウンの間には、スカルキル川という大きな川が流れていて、その橋の上は、さえぎるものが何もない吹きっさらし!

 それなのに、歩いて帰ろうということになったのは、アドレナリンが駆け回っている頭をクールダウンさせる必要があったためだけではありません。治安です。当時のフィラデルフィアは、全米で10本の指に入る治安の悪さでしたから、地下鉄は危ない、バスもすぐには来ない。ということで、消去法で歩き。

 真冬の厳寒の橋の上を、ダウンタウンに向かって歩く2人。何を話していたかしら? 今、思い出せるのは、2人はいつもより無口だったこと。試験自体はできなかった。それは自分でもよく分かっている。英語さえ覚束ないのだし。でも試験が終わったことは、大きな安堵感。

 フィラデルフィアに来て、まだ数カ月だけど、ここまでこられたことに、ちょっとした達成感もあったかも。そんな、いろんな気持ちがマゼコゼになって、岩本さんも私もそれぞれの想いにふけっていました。だから2人とも無口。

 あの時、私はと言えば、本当は、泣きそうでした。でも泣くと、涙で濡れた頬が(本当に物理的に)凍りそうなので、必死にこらえていました。半年前にアメリカに来たときは、心細くてたまらなかった。

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