本連載では、この8月(2013年8月)まで米ビジネススクールで助教授を務めていた筆者が、世界の経営学の知見を紹介していきます。
さて、私は2012年『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)という本を刊行したのですが、中でも反響が大きかったのが、イノベーションに重要な「両利きの経営」を紹介した章でした。関連した話題は本連載の第4回でも取り上げています。
実は、本では書けなかったのですが、イノベーションを考える上ではもう1つ大事な経営学の視点があります。それは組織の知を「コンポネント(部分的)な知」と「アーキテクチュアルな知」に区別することです。
コンポネントな知、アーキテクチュアルな知
この「知の区別」を提示したのは、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のレベッカ・ヘンダーソン教授(当時)と米ハーバード大学のキム・クラーク教授(当時)が、1990年に「アドミニストレイティブ・サイエンス・クォータリー」誌に発表した論文です。
「コンポネントな知(Component Knowledge)」とは、製品・サービス開発における「特定部分の設計デザイン」についての知識です。ヘンダーソン=クラーク論文ではエアコンの例が取り上げられています。たとえば室外エアコンの場合、それを構成する室外ファン、モーター、コンプレッサー、電磁弁などは「部品」であり、その部品ごとの設計デザインの知識が「コンポネントな知」となります。
他方で、それらの部品を組み合わせて一つの最終製品にするための知が、「アーキテクチュアルな知(Architectural Knowledge)」です。たとえば一見似たようなエアコンでも、室外ファン、モーター、コンプレッサー等をどのように組み合わせて1つのエアコンとしてまとめあげるかで、その性能や特性が変わってくる、というわけです。
通常、業界で新しい製品が生まれてからしばらくは、部品同士の最適な組み合わせについて試行錯誤が続きますから、企業に主に求められるのは「アーキテクチュアルな知」になります。しかし時間が経つにつれ、組み合わせについて業界で標準化が進んで行きます。これを「ドミナント・デザイン」と呼びます。一旦ドミナント・デザインが確立されると、その後は部品それぞれの機能を高めるための「コンポネントな知」が重要になっていく、ということになります。
ドミナント・デザインは組織を規定する
ここで重要なのは、製品やサービスのドミナント・デザインが確立するにつれ、企業の組織構造やルールもそれに対応していくことです。
例えば、もし「モーターとコンプレッサーの配置関係」がエアコンの機能向上に重要とわかったなら、それらの部品の開発部門間での情報交換が密になるでしょう。また、「さらなる機能向上のためにどの部品(部門)に注力すべきか」といった優先順位も、組織のルールとして決まってきます。
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