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 その代表例は、平場のオフィスです。個室主義の欧米と違い、かつての日本企業は平場のオフィスが特徴的でした。しかし最近は、各自の作業スペースをパーティションで仕切るオフィスも多くなっています。結果として、同じ部屋にいる同士なのに互いにメールでやりとりする人たちさえいます。このような職場環境の変化は、実はトランザクティブ・メモリーを妨げる遠因となっているのかもしれません。

 社員の間の「インフォーマルな直接会話」を促す場も減っているように感じます。例えば、タバコ部屋はどうでしょうか。最近は禁煙ブームで喫煙者は肩身が狭くなってきています。他方でタバコ部屋は、異なる部署の人たちがインフォーマルに集まれる場所でもあります。そこで気軽に雑談をする中で、自分の部署だけではあまり聞くことのない、「他部署の誰が何を知っているか」を知ることも、思い出すこともあるはずです。

 さらに、同僚との飲み会も直接対話を促す機会かもしれません。最近の若い社員は会社関係の飲み会を敬遠しがちなようですが、たとえば異なる部署同士で飲み会を開けば、それはWho knows whatの効果を高めるのかもしれません。

日本企業が失い、シリコンバレー企業が取り入れたもの

 興味深いことに、米シリコンバレーで最近注目されている先端ハイテク企業の中には、昔の日本的な「直接対話の場」と似た機会を提供しようとするところが多くあります。たとえば、少なからぬ企業が、平場のオフィス環境を使っています。(参考:ウェブ上ノートのサービスを提供するEvernoteのオフィスの紹介記事)

 また、検索エンジンの巨人・グーグルのオフィスは色々な「遊び」の施設があり、豪華で無料のカフェテリアがあることも有名です。こういった場が、同僚や他部門の人との直接対話による交流を深め、それがもしかしたらトランザクティブ・メモリーを高める遠因になっているのかもしれない、と私は考えています。

 私は、もっとタバコを吸えとか、若い社員も飲み会に行け、と言っているのではありません。現代では敬遠されがちな、このような古き時代の慣習が、日本企業のトランザクティブ・メモリーを高めていた可能性に注目したのです。だとすれば、これらに代わる、トランザクティブ・メモリーを高める新たな仕組みを意図的に作り出すことが、日本企業の大事な課題なのかもしれません。

 とここまで書いて、「教授それぞれが研究室にこもる大学こそが、一番トランザクティブ・メモリーが足りないのではないか」とふと思ったのですが、それはここだけの話にしておいてください。

 (この記事は日経ビジネスオンラインに、2013年10月1日に掲載したものを再編集して転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)

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