小売業とは、お客様に喜んでいただくのが仕事である。商品を売ることを通してお客様に喜んでいただくのであるが、商品を売るのが仕事だと考えると間違いを犯してしまう。あくまでもお客様に喜んでいただくのが本来の仕事であり、たまたま商品を売っているだけであると考えるべきである。
これは小さな差のように見えて、大きな差であると思う。従業員全員がお客様に喜んでいただこうと考え、行動ができれば、その小売業は必ず成功するであろう。
小売業は厳しい競争環境の中での生き残っていかなくてはならない。そのためには差異化が必要である。商品や品揃え、価格での差異化と同じくらい重要なのが、販売員の挨拶や接客である。品揃えや、価格に魅力があっても、挨拶、接客が悪ければ、お客様は満足しない。販売員の挨拶や接客の悪さにより、お客様が離れていくのはよく起こる現象である。
感じのいい売り場でお客様に気持ちよく買い物をしていただくのは、小売業の最低限の務めであると思っている。それさえも十分にできていない小売業が多いのが現実である。買い物は楽しいものでありたい。苦痛であってはならない。本来、買い物は楽しいものであり、売り場は楽しいものであるはずだ。
お客様と従業員が心を通じ合う場所が売り場であるべきだ。お客様に喜んでいただきたいという思いを伝え、心が通じ合う売り場でお客様に商品をお買い上げいただき、喜んでいただきたい。そして、心を通じ合うことの基本が挨拶である。挨拶は小売業の基本中の基本であり、最も大切なものなのである。
売り上げよりも挨拶を重視
挨拶の徹底は、一見、簡単なようで実際には非常に難しい。奥が深い問題である。
私は今まで小売業の経営改革をしてきて常に挨拶の徹底を強化してきたが、その実感からすると、経営の中で一番難しいくらいだと感じている。評論家や学者、コンサルタントが小売業の経営改革をする時に、問題点を分析しても挨拶の問題が出てくることは少ない。
経営改革の実行計画で挨拶の徹底は軽視されがちである。そんなのは現場に指示すれば済むことで、大きな問題でないだろう、そのくらいすぐできるだろうという感覚である。挨拶をするように指示を出すことで問題解決できたと判断されているようだ。
確かに、挨拶は誰でもできることである。頭を下げ、声を出せばできることである。指示をし命令すれば、その場で挨拶という作業はすぐにできるようになる。しかし、本当に気持ちのいい挨拶が、パートやアルバイトを含む全従業員が、365日24時間できるには、気が遠くなるほどの努力が必要である。
命令をし、その場でできても、1~2週間でしなくなってしまう。社員はできても、パートやアルバイトはできない。上司がいる時はできても、いなくなるとしなくなる。「いらっしゃいませ」という声は出ているが、気持ちがこもっていないので、感じが悪い挨拶になっている。多くの問題点がある。
挨拶で最も重要なのは、気持ちの問題である。挨拶は頭を下げ声を出すという作業ではなく、気持ちを伝えるコミュニケーションである。別に声を出さなくても、アイコンタクトと笑顔で気持ちが伝わるならそれで十分だ。要は本当にお客様に喜んでいただきたいという気持ちになっているかどうかである。楽しく買い物をしていただきたいという気持ちにならないと、感じのいい挨拶はできない。
売り場では人数的に言うと、パートやアルバイトが多い。その人数の多いパートやアルバイトが、お客様に喜んでいただきたいという気持ちになるのは並大抵のことではできない。
私は、売り上げよりも挨拶の方を気にしている。売り上げが増えなくても怒ることはないが、挨拶ができないのは許せない。小売業の基本中の基本である挨拶がきちんとできる売り場にしたいのである。
会員カードで固定客は増えない
小売業にとって重要なのは、お客様であり、現場である。お客様に喜んでいただく売り場にするのが一番重要である。これさえできれば、売り上げは増えるし、利益も伸びる。今までの経験で、この考え方は身にしみている。
小売業の売り上げの大半は、固定客の売り上げである。そのお店が好きだという固定客を増やせば売り上はげ拡大していく。ディスカウントをして、たまたま来店されたお客様は、価格で買う場所を変更するお客様だから、ほかの店舗が特売をすればそちらのお店に行ってしまう。特売によるディスカウントは目先の売り上げは増えても、本質的な売り上げ拡大策にはならない。
この店が好きだ、この会社が好きだと思っていただけるお客様を増やしたい。お客様はいつも買い物に行くお店を決めていることが多い。そのいつも買い物に行く店になりたいのだ。自分のお店のファン、固定客を増やしたいのである。
では、固定客をどうやって増やすかが問題となる。固定客というと、会員カードを考える人が多いかもしれない。私の経験では会員カードにより固定客になるというのは疑問に感じている。
ドラッグイレブンという九州の大手のドラッグストアの社長をしていた時のことである。当時、ドラッグイレブンは九州で最大手のドラッグストアで会員カードは100万枚以上あった。九州の人口は1000万人程度であるから、かなりのシェアである。
そこでキャンペーンをやり、会員カードの拡大に乗り出した。その結果、会員カードは120万枚、130万枚と増えていった。しかし会員カードを増やしても、固定客が増えた感じはしなかった。売り上げも伸びなかった。
そのドラッグイレブンの経営改革で挨拶の強化もやっていた。挨拶は格段に良くなった。その時に思いがけない現象が起きた。挨拶が良くなるとともに、苦情が減っていったのである。それも半端でなく、挨拶が徹底されると苦情の件数が半分近くにまで減少したのである。
その因果関係をデータで分析もしていないし、科学的な根拠があるわけでもないが、私は挨拶の強化が苦情の減少につながったと感じた。挨拶を強化すると、お店が明るくなり、チームワークも良くなる。感じがいい店になったと思っていただけるお客様が増え、苦情が減ったのだと思っている。それがお店のファン、固定客の増加につながると信じている。
マネジメントは挨拶から始まる
もう1つ大切なことは、挨拶の徹底はマネジメントレベルを上げる第1歩になるということである。挨拶は誰にでもできる。誰にでもできることの指示を出して、それができないということはマネジメントレベルが低いということである。マネジメントレベルが低ければ、どんな指示を出しても何もできない。現場で実行しないから、何の成果にもつながらない。
小売業に奇策や魔法の杖はない。当たり前のことがきちんとできることが大切である。挨拶をすること、クリンリネスを徹底すること、品切れをなくすこと、こういった基本的なことを着実に実行するのが重要である。基本的な指示が、現場で実行されるようになれば、小売業の業績は良くなっていく。
マネジメントレベルを上げ、指示が徹底され、現場で実行されることが経営改革につながっていく。その第1歩が挨拶の徹底なのである。
今までの経営改革でも、いつも挨拶の徹底から始めている。これができて初めて次の改革の指示が出せるようになる。挨拶の徹底は簡単ではない。売り場で気持ちのいい挨拶ができるようになるということはマネジメントレベルが上がってきたということであり、経営改革のスピードが上がっていくということなのである。
では、どうれば挨拶を良くすることができるのだろうか。挨拶の実態にもよる。挨拶が非常に悪ければ、命令で挨拶をしていくのがいいだろう。とにかく売り場で声を出し、挨拶をするよう命令し徹底するのである。これで一応のレベルに達することができる。
今までの暗く、殺風景な感じの悪い売り場から、活気のある明るい売り場になっていく。まずこれで最低限の挨拶はできるようになる。
しかし、本当に気持ちのいい挨拶ができるようになるにはどうしたらいいのだろうか。今までもたくさん試行錯誤してきた。その経験から言うと、命令で挨拶をしても本質的に気持ちのいい挨拶はできない。パートからアルバイトに至るまで、365日24時間、本当に気持ちのいい挨拶をするには、もっと従業員の気持ちの問題に入り込まないとできない。
売り場で働いている人全員が、お客様に喜んでいただきたいという気持ちを持つことが大切である。そのためには、いくつかのポイントがあると思っている。まず小売業の仕事に対する、誇りや満足感を持っているか。次に、上司や会社に対する信頼感があるか。そして店舗の仲間とのチームワークがいいか、こういったことが重要なポイントになってくる。
小売業は社会的にも重要な仕事である。流通構造の中での小売業の重要性も高まってきている。何よりも、お客様に直接接し、お客様に喜んでいただくのが仕事という楽しい仕事である。小売業は人と人が気持ちを通じ合わせることのできる恵まれた働き場である。そういう仕事であることを全従業員に理解してもらいたい。
仕事とはお互いの信頼関係の中で進めるべきものだと思う。従業員が楽しく働いているか、現場の人のために何かサポートはできないかといったことを考え、環境を作るのが、会社や上司の役目である。従業員に信頼される、会社、上司でありたい。小売業は店舗の仲間のチームワークが重要である。店舗の従業員が、仲良く、お互いに協力し合いながらお客様に喜んでいただく売り場を作っていって欲しい。
こういう重要な問題を解決するには、従業員とよく話し合うしかないと思っている。現場には必ず不満はあるものである。それと真剣に向き合わなくてはならない。
問題点が見つかってもすぐに解決できないものは多い。しかし、逃げてはならない。不満の声を聞くのを恐れず、よく現場の人の話を聞き、それに対して真剣に対応することが、現場の人の満足につながり、信頼感につながるのである。
店舗の人がみんなで話をし、気持ちを通じ合わせ、お客様に喜んでいただく店にしたいと、一致団結していった時に、売り場で本当に気持ちのいい挨拶ができるようになっていくのである。楽しく自信を持って働いてほしい、みんなで信頼し合い、仲良く働いてほしい。そして挨拶を徹底し、お客様に喜ばれるお店にしていってほしいのである。
店舗任せにせず、本部でサポートを
商品知識を持つことも大切である。売り場を歩いていると、お客様からいろいろ質問される。売り場の場所や商品の質問が多い。これに答える自信がないと顔が下を向いてしまうし、挨拶も元気よくできない。どこにどんな商品があるかや、商品についての説明ができるようになると、自信を持って売り場を歩けるし、明るく元気な挨拶もしやすくなる。
挨拶の延長線上に、接客もある。接客でも気をつけている点がある。
私は、従業員にお客様に商品を売ろうとする接客をしないように指示を出している。接客は商品を売るためではなく、お客様に喜んでいただくためにやっている。接客をして、お客様に感じがいい店だと思っていただけたら、それで十分である。その店のファンになり、固定客になっていただける。これが接客の目的である。
商品を売ろうとすると、どうしても売りつけようとする魂胆が見え隠れしてしまう。それが見えてしまうと、感じが悪い接客になる。その時に売り込んで商品が売れたとしても、感じが悪いと思われたら、そのお客様はもう来店されない。固定客が逃げてしまうことになる。
目先の売り上げが増えたとしても、こんな接客はしてほしくない。接客時に雑談をしてもいい、自店になければ競争相手の商品をご案内してもいい。挨拶と同様に、感じがいい店だと思っていただき、固定客を増やす接客をしてほしいのである。
成城石井では挨拶をすることは、最高の経営課題である。挨拶の重要性は常に経営者から何度も何度も説明されている。売り上げは気にせずとも構わないから、挨拶を徹底するよう指示が出されている。
現場での挨拶ができるようになるような仕組みもあるし、サポート体制もある。組織としては本部にはCS(カスタマー・サティスファクション=顧客満足)推進室があり、人員を強化して現場をサポートしている。売り場での挨拶の実態は、モニター調査により毎月評価されている。
その評価結果を見て、各店舗ではみんなで話し合い、アクションプランを作成している。評価の悪い店舗や、苦戦している店舗はCS推進室が、店舗での会議に参加したり、アクションプランの作成に協力したりしている。
命令をして挨拶をさせないように、と指示されている。パート、アルバイトを含む現場の人とよく話をすること、不満を聞くことが推進されている。各店舗にはCSトレーナーが指名されていて、店舗での実行の推進役になっている。店舗での挨拶の徹底には店長のリーダーシップが大きく影響し、店長のマネジメント力が求められる。小売業では当たり前のことが継続して着実に実行できることがまず重要であり、挨拶がその基本となる。
そして、従業員の行動を変えるには、気持ちを変えることが必要である。命令されたから挨拶という行動をするのでは表面的で一時的な行動になってしまう。本当にその行動をする意義を理解し、心から行動したいという気持ちになることが、本質的で継続的な行動につながっていくのである。
挨拶が本質的に実行されるようになれば、マネジメントレベルが上がってきているということだから、それ以外の営業の施策を実行することもできるようになる。挨拶の徹底を通して、店長も従業員も成長をし、お客様に喜ばれる売り場になっていくのである。
成城石井では挨拶のレベルは上がってきている。まだまだ不十分ではあるが、挨拶の徹底が、高額品が売れない時代に、成城石井の売り上げが順調な要因になっていると思っている。基本的なことが徹底できていることが、成城石井のファン、固定客を増やし、売り上げの拡大、営業利益の拡大につながっているのである。
目指すは、豊かな社会の実現
成城石井は会話ができるスーパーマーケットを目指している。売り場でお客様といろいろと会話をしたい。こだわった食品の話をしたい。
それを家庭に帰っても、家族の会話につなげてほしい。家庭では食卓が一番楽しい場所であるべきだと思う。食事の時に家族が顔を合わせ、食べ物のいろいろな会話をし、精神的に豊かな生活を送ってほしい。
人と人の関係が希薄な時代になってきた。もっと人同士がお互いの関係を深め、寄り添い協力し合い楽しく生きられるようにしたい。小売業は地域社会の一員である。
売り場はお客様にとって大切な生活の場でもある。その生活の場である売り場を楽しくすることは小売業の重要な使命であると思っている。売り場でも会話を楽しみ、家庭でも会話を楽しむ生活に貢献できればいいと思っている。
(この記事は日経ビジネスオンラインに、2009年12月28日に掲載したものを転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)
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