現在欧米を中心に普及している経営学は、経営の実態に潜む「真理法則」を探求しようとしています。そして、複雑な経営の現実から真理法則を見つけるために、まずその一部に焦点をあて、その因果関係を丁寧に解きほぐし、分解しようとします。そしてそこから導出された「経営の真理かもしれない」法則を、統計分析などで検証していくのです。

 しかし厄介なのは、実際の経営者にとってさらに重要なことは、複数からなるこれら「部分」たちを足し合わせ、すり合わせて、最終的に1つだけの意思決定もしなければならないことです。

 たとえば、先のX社が海外市場で、積極的な広告投資によるイメージ向上で普及品を売る戦略に切り替えたとしましょう。そしてこの「製品戦略の変更」のためには、上述のように、マーケティングに長けた現地人材の確保といった「リソース戦略の変更」も考える必要があります。

 さらに、たとえば巨額の広告費をどう捻出するのか、相対的に価値の下がった技術者をどう配置転換するのか、従来の高機能製品も続けて販売するのか、なども考える必要があります。取引先との付き合い方も変わるかもしれません。

 このように、1つの「部分」戦略の変更は、企業の他の「部分」戦略にも影響します。経営者のみなさんは、それらすべての「部分」をまとめあげ、すり合わせて、ギリギリの決断をされているはずです。

 そして、このような「複数の『部分』をまとめて1つの大きな決断を導く」というプロセスにおいて、現在の経営学は決定的な理論を持っていないのです。

なぜケース分析が重要なのか

 経営学では「部分分析」については既に膨大な研究があり、その成果はビジネススクール教育にも反映されています。

 たとえば MBAの経営戦略論の教科書は、各章がそれぞれの「部分」に分かれています。第1章は外部環境分析、第2章は企業リソースの分析、そして第3章は競争戦略について、といった感じです。その後の章では、提携戦略や、国際化戦略、垂直統合戦略などの「部分戦略」がそれぞれの章で議論されます。

 当然ながら、現実にはこれらの部分戦略は、互いに関係し合っています。しかし、「では経営者はそれらの部分をどうやってまとめあげて、1つの決断を下すべきか」について書かれた章が、多くの教科書にはないのです。

 なぜこうなるのでしょうか。私は2つの理由があると考えています。

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