家を買うべきか、借り続けるべきかは若手社員にとって永遠の命題だ。仕事のことならともかく、こと持ち家問題に関しては、先輩に相談しても明快な答えは得られない。既に自宅を購入した“持ち家派”は「家賃を払い続けても賃貸住宅は未来永劫、他人の物。同じくらいの金額ならローンを払って自分の資産にした方がよい」と主張する。一方、“賃貸派”は「先が見えない中でローンを組むなんてとんでもない」と持ち家戦略のリスクを煽る。両者の主張は平行線を辿るばかりで、永遠に決着が付きそうにない。
だが、そんな中、「サラリーマンは自宅を買ってはいけない」と明確に主張するコンサルタント・不動産投資家がいる。その根拠と、賃貸派のアキレス腱である老後の暮らしについて対策を聞いた。
(聞き手は鈴木 信行)
著書「サラリーマンは自宅を買うな」で、会社員がローンを組んで自宅を所有するリスクを主張されています。今ここに、まさに自宅を買わんとしている会社員がいたら、どう説得を試みますか。
石川:まず、「今後35年間、本当に今以上の給料をもらい続けられると思っているのですか」と質問します。解雇されなくても健康を害して働けなくなるかもしれないし、雇用は維持されても給料が下がってローンを払いきれなくなるかもしれません。
ああ言えばこう言う持ち家派はこう論破
家を買うと一度決心した持ち家派は、その程度では考えを曲げないのでは。「そうなったら売ればいい」と言うと思います。
石川 貴康(いしかわ・たかやす)
茨城県生まれ。筑波大学大学院経営学修士、外資系コンサルティング会社、シンクタンクなどを経て独立。著書に「サラリーマンは自宅を買うな」(東洋経済)。(写真:清水盟貴)
石川:不動産神話が続いていた時代はともかく、市況がどんどん下がっている現状では、古くなった家はたとえ売れても残債が残る確率が極めて高い。そうなれば、自宅を売って再び賃貸に移った後も、ローンを払い続けなければなりません。家賃と残債の支払いで生活は確実に困窮します。ノンリコースローンが普及している海外ならば、ローンが払えなくなれば不動産を取り上げられるだけですが、日本ではそうはいきません。
持ち家派は「そこまで事態が悪化するのはレアケース。仮にそんな状況になったら賃貸でも悲惨な状況は変わらない」と言うと思います。
石川:いえいえ、賃貸派であれば、より安い物件に引っ越せばいいし、家賃とローンの残債を二重払いするような事態には陥りません。それに、自宅のローンによる生活の困窮は、失業した人のみならず、年収1000万円以上をリアルタイムで稼いでいる世帯にまで広がっています。日本経済の停滞によって、ローンを契約した当時に期待したほどその後の収入が増えていない、あるいはむしろ収入が落ちているからです。例えば、こんなケースがあります。ある一部上場企業の社員が都内23区内にマンションを買われました。子供が2人いて40代後半の方ですが、収入が減る中、学費とローンに追われ、完全に貯金を取り崩す状態に陥っています。これから2人の子供が高校、大学と進学すれば、ローンが滞る事態になりかねない。解雇もされず普通に働いている大企業社員でさえ、そんな状況なのです。
お話を聞いていると、問題なのは、持ち家を買うことではなく、ローンを組むことのように思えてきます。
石川:ある程度をまとまった資産があって、一括で持ち家を買うと言うのであれば、それはそれで1つの考え方だと思います。
持ち家のローン買いは一か八かの大勝負
世の中に出ている「持ち家vs賃貸派の損得論議」をここでおさらいすると、例えば、5000万円が手元にあるAさんとBさんがいて、Aさんはそれで持ち家を買い、Bさんは有価証券を買った場合、この段階ではどちらが得でどちらが損ということはない、と。仮に不動産と有価証券の最終的な投資利回りが同じ5%だとすれば、Aさんは持ち家から帰属家賃という形で年間250万円、Bさんは有価証券の配当という形でやはり年間250万の利益をそれぞれ得る、と。
石川:Aさんが手にする帰属家賃は、自分で自分に払う仮想のものですから厳密に2人の投資行動が同じというのは違うと思いますが、まあ考え方としてはそれでいいと思います。
でも、分不相応なローンを組んで買うとなると話が変わってくる。
石川:無理なローンを組んで家を買うというのは、高いレバレッジを掛けて、投資商品を購入するのと同じ行動なんです。
先ほどの例で言えば、手元に1000万円しかないのに借金して5000万円の投資をしているようなものだ、と。FXとかデリバティブ系の投資商品とか、5倍のレバレッジを掛けられる金融商品はあるでしょうけど、一般の会社員家庭が、爪に火を灯す思いで貯めた1000万円を元手にそんなことをするとは思えません。
石川:ところが、こと持ち家を買う局面では皆、あっさりとその大胆な選択ができてしまう。ハイリスクな選択ですから、当然、当初の想定が維持できなくなると様々な問題が顕在化します。それは、ローンが払いきれなくなることだけではありません。持ち家を買うということは、そこから逃げられなくなることを意味します。怖いのは購入した後での環境の変化です。
やばい人が隣に引っ越してくるとか。
石川:それ以上に深刻なのは災害でしょう。福島第一原子力発電所の事故では少なからぬ住民が自宅の放棄を事実上余儀なくされましたが、私の知る限り、損害保険では「核災害」による損害は免責です。その結果、多くの方が、事実上住めなくなった家のローンを払い続けながら、新しい家のローンも払う二重ローンの状態に陥っています。
なるほど。
人生の可能性を狭める持ち家のローン買い
石川:それに無理をして持ち家を購入する行為は、人生のリスクを高めるだけではなく、可能性を狭めてしまいます。住まいに関する価値観は人生のライフステージと共に移り変わります。会社員が持ち家を買うと、その価値観の変化に伴い住まいを変えることがなかなかできません。例えば私は若い頃、東京・荻窪に住んでいて、周囲の環境がとても気に入っていました。ところが結婚して子供ができると、「路地裏で子供が遊んでいる街」で子育てをしたいと強く思うようになり、根津に引っ越しました。もし私が荻窪で持ち家を買っていたら、そんなことはできません。単純に、自分が「こう生きたい」と思う生き方をできないのは、人生を送る上で大きなストレスになります。
家族が病気になったり、親の介護が必要になったりした時も、賃貸なら比較的柔軟に生活環境を変更できます。子供のアトピーの転地療養のために家族で郊外に移り住むことも、体が弱る親の近くに戻ることも可能です。ある日、一念発起して海外で働きたい、MBAを取りに行きたいと決心した時、賃貸ならより迷いなく飛び立つことができます。会社員にとっては、賃貸戦略こそ人生のチャンスを最大限に生かせる生き方なんです。
でも、少なからぬ人は、今も持ち家に憧れ、無理をしてもローンを組もうとします、なぜなんでしょう。
石川:経済合理性とは別の理由があるのだと思います。例えば、子供を育てる上で“故郷”を作ってあげたいと考え、持ち家を求める親御さんがいます。これはこれで1つの考えです。そのほか「自宅を持って初めて人間として一人前」と考える人もいます。これもまた個人の価値観ですから、その強い意志に基づいて持ち家を買うというのであれば、周囲がとやかく口を出す問題ではありません。
分かりました。持ち家派vs賃貸派の議論は今後も続いていくと思われますが、賃貸派にとっては心強い話になったと思います。ただ、賃貸派が今後も賃貸戦略を貫く上でどうしても避けて通れない問題もあります。賃貸派は老後の住まいをどうするか、です。
石川:借り続ければいいのではないですか。
でも、「年を取って無職になると、賃貸住宅が借りにくい」って言われますよね。
「高齢者は家を借りれない」はウソ
石川:確かによく聞きます。でも、私はその手の話を聞く度に、一体何十年前の話をしているんだ、と思っています。少なくとも今は、「高齢だから」という理由で貸したがらない大家は少数派だと思います。少子高齢化が進む中、そんな理由で部屋を貸さなければ、大家だって商売が立ち行かなくなります。実際、月々の家賃を払えるキャッシュフローがあれば、それが年金であろうと生活保護であろうと貸そうとする大家は沢山いますよ。年齢や社会的地位は関係ありません。大事なのはキャッシュフローです。後は問題を起こさない人であれば、多くの大家は大歓迎なはずです。
キャッシュフローですか。キャッシュフローなしだと家は貸してもらえませんかね。
石川:キャッシュフローなしにどうやって月々の家賃を払うのですか。
つまり、こういう場合はどうなりますか。「もうあんまり働きたくない。年金受給には少し間があるが、早めに引退して、蓄えを取り崩しながら、読書したり散歩したりして、ストレスフリーな毎日を送ろう」。こんな考えの40~50代もいると思うんです。そういう場合、当然、年金もキャッシュフローもないわけで、どうすればいいんでしょう。貯金通帳を見せればいい? それとも六か月分の家賃を前払いするとか。
石川:そんなことをすれば逆に怪しいですよ。まあ不動産賃貸は1つ1つが交渉事ですから、不動産屋さんに事情を話すしかないでしょう。でも、資産がいくらあろうと、年齢にかかわらずキャッシュフローが入る仕組みは持っておいた方がいい。資産の絶対額に関わらず、貯金残高が目減りしていくプレッシャーは、普通の人は耐えられません。それに人生は、いつどこで急な出費が発生するか分からない。
前もどこかで同じことを言われたような…。仮にキャッシュフローが必要だとして、それは大家さん的には、不労所得でもいいんですか。
石川:それは問題ないはずです。
「終の棲家」なんてもはや幻想
わかりました。いずれにせよ、話を元に戻しますと、賃貸派のアキレス腱と思える「老後、引退後も家が借りられるか」についても、キャッシュフローさえあれば心配はいらない、というわけですね。だとすればもう「最後まで仮住まい」で全然いいじゃないですか。気楽だし、人生の節目、節目で最適な居住環境を選べばいい。「終の棲家」がないのは少し寂しい気もしますが。
石川:「終の棲家」と言っても、最近は、本当に自宅で最期を迎えられる人は少ないですよ。医学の発達で、たとえ体の自由が利かなくなっても“生かされる”社会です。家族に面倒を見てもらう、自宅に定期的にヘルパーさんに来てもらうと言っても限界があります。自分だけでは食事も手をかけられなくなり、買い物もできなくなり、不安が増していくかもしれません。そうなると最後は多くの人が高齢者住宅や施設に行かざるを得ません。その意味では、賃貸派であろうと持ち家派であろうと結局、最後は人間皆、同じとも言えます。
(この記事は日経ビジネスオンラインに、2014年5月22日に掲載したものを転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)
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