このような実務レベルの視点に加えて、バーニーたちは「事業をたたみやすくするための国の制度」、すなわち各国の「倒産法」の違いに注目したのです。

倒産法が起業に影響する?

 「会社のたたみやすさ」を規定する倒産法は、国ごとに多様です。たとえば米国では企業を清算することを目的とした「破産法第7条」に加えて、再建を目標とする「第11条」があります。第11条を適用できれば経営者の負担が軽いですから、その経営者は事業を立て直したり、新しいビジネスに取り組んだりできるかもしれません。しかし、バーニーたちの論文によると、必ずしも世界中のすべての国が「第11条」のような法律を持っているわけではないようです。(日本では会社更生法と民事再生法があるのはご承知の通りです。)

 さらに重要なのは、実際の倒産手続きを遂行するスピードや煩雑さが国ごとに異なることです。倒産の手続きが煩雑だったり、時間がかかれば、それだけ「はやく事業をたたんで次のビジネスを起こしたい」起業家たちの時間的・金銭的なコストが増してしまったりします。

 バーニーたちは、リアル・オプション理論の視点から、経営者が事業をたたむときのコストが低い倒産法や法手続きを有している国ほど、 起業家はリスクをとりやすくなり、結果としてその国の起業活動が活性化するはずだ、と主張したのです。

 さらにバーニーたちは、その後この命題を実証研究し、2011年に『ジャーナル・オブ・ビジネス・ベンチャリング』誌に発表しました。実はこの論文にはもう1人の共著者がいまして、それは現在バブソン・カレッジで助教授をしている山川恭弘氏です。山川氏は米国で活動している数少ない私と同世代の日本人経営学者の1人です。

 この論文でバーニー教授と山川氏たちは、データのとれる世界各国の19年間のデータを使って統計分析を行いました。その結果、倒産の手続きスピードが早い国ほど、あるいは手続きコストが低いほど、そして経営者の金銭的な負担が軽いほど、その国の起業が活性化しやすいという結果を得ています。

日本の「事業のたたみやすさ」はどうか

 では日本の「事業のたたみやすさ」はどうでしょうか。

 日本はよく起業の盛り上がりに欠ける、と言われます。実際、バーニー=山川氏らの論文に掲載されているOECD統計によると、日本の1990年から2008年までの開業率は0.04で、他の主要国(米国=0.10、ドイツ=0.17、シンガポール=0.18)よりも低い値となっています。

次ページ キャリアのたたみやすさ