たとえば、この手の教科書の第三章辺りはたいてい「事業環境分析」について書かれていますが、そこで紹介されるのは間違いなく前述の「ファイブ・フォース」です。「企業内分析」の章では、ポーター教授が発展させた「アクティビティー・システム」や「バリュー・チェーン」といったツールが紹介されます。「競争戦略分析」の章でも、同教授が生み出した「ジェネリック戦略」という分析ツールが取り上げられます。

 率直に申し上げて、私は学術的な経営戦略論の研究とMBAで使われる教科書のあいだに、大きなギャップを感じています。

 なぜなら前述したように、学術分野としての世界の経営学はこの20年で目覚ましい進歩をとげてきたのは間違いないからです。実際、私は著書『世界の~』で、「競争戦略論は近年になって新しい理論・実証研究の成果がいくつもあがっており、もはやポーターの理論だけでは十分ではない」とまで書きました。

 他方で、そのエッセンスを絞り込んだ分析ツールが載っているはずのMBAの教科書は、主要なものに長いあいだ変わりがないのです。たとえば私の手元には、昨年(2012年)刊行されたフランク・ロサーメル米ジョージア工科大学教授の教科書(McGraw Hill社)があります。その全ページの約半分を占める競争戦略についての内容をみると、未だにポーター、ポーター、ポーター(そしてちょっとだけバーニー)、といった感じなのです。

MBAの教科書が進化しないのはなぜか

 私のお気に入りの本に、慶応ビジネススクールの清水勝彦教授が書かれた『戦略の原点』(日経BP社)があります。清水教授は少し前まで米テキサス大学で准教授を務められた、国際的にもたいへん素晴らしい研究業績を残されている経営学者です。

 清水教授は同書の中で、「米ビジネススクールで使う経営戦略論の教科書はやたらと分厚いが、その中身は実践にはあまり役に立たない『枝葉』の部分が多く、『幹』は限られている 」という主旨のことを述べて、「ビジネススクールの学生は、幹の部分を繰り返し勉強することが重要である」と主張されています。

 私もこの意見に共感します。さらにいえば、これは学術的な研究から得られた知見が「幹」となるほどの分析ツールに落とし込まれていない、あるいはそのための経営学者の努力が十分でない、という背景もあると考えています。

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