昨年(2008年)に開いた50周年の記念イベント。終わってみると、参加した企業から様々なお返しが来た。寄付や協賛を求める企業が多い中、ご祝儀は一切受け取らず、逆に取引先に引き出物を出した。その返礼だった。「本当に要らないと言っているのに、『どうしても』っていろいろ送ってくるんだよ。そうするとさ、結局は得しちゃうんだよ。世の中はそういうものなんだよ」と塚越会長。「損して得取れ」を地でいく話である。
そして、本業で稼ぎ出した利益は地域社会にも積極的に還元していく。
伊那市の郊外にある伊那食品工業の本社。その敷地に一歩足を踏み入れると、まるで公園のような光景が広がっている。アカマツに囲まれた本社棟、アカマツの幹の色に合わせた建物は松林の中に溶け込んでいる。2008年5月に完成したR&Dセンター、立木をできるだけ残すために、あえて斜面に建てられていた。
こうした本社機能に加えて、近隣住民が気軽に使える文化会館、寒天をふんだんに利用した3カ所のレストラン、水芭蕉や片栗が咲き乱れる山野草園、中央アルプスの伏流水を汲み上げた無料の水汲み場――。3万坪の敷地には、様々な施設が点在している。その名も「かんてんぱぱガーデン」。入り口には門もなければ守衛もいない。誰もが自由に出入りできる。事実、昼時にもなれば、レストランの駐車場は車でいっぱいになる。



本社の敷地に無料の水汲み場がある会社
塚越会長が「かんてんぱぱガーデン」を作り始めたのは1987年のことだった。「職場を緑溢れる環境にすれば、社員が幸せに感じるのではないか」「緑豊かな公園を作れば、美しい街並みにつながるのではないか」。そう考えたためだ。
その後、本社棟、レストラン、水汲み場、文化会館、R&Dセンターと徐々に施設を増やしてきた。バブル崩壊後、多くの企業が社会貢献活動から撤退していったが、伊那食品工業は継続して投資を続けた。現在(2009年)も、美術館を新設するために敷地の一部を造成している。
「前は伊那市内の文化会館で開いていたけど、ここだと集客力があって、一般の人が大勢来てくれる。だから、この会場を使うようになりました」。敷地内の文化会館、「かんてんぱぱホール」で手作りの木目込人形展を主催していた女性は笑った。施設利用料は格安。ペイできるレベルではない。だが、それでも意に介さない。
「はっきり言って大赤字。ひどい店は人件費と売上高が同じくらいだよ。かんてんぱぱショップの物販でカバーして何とかペイさせている」。塚越会長がこう語るように、一つひとつの施設に損得勘定はない。それを証拠に、レストランは夕方6時までしか営業していない。夜まで営業すれば、飲食の売り上げは伸びるが、伊那市内の飲食店の客を奪うことになる。「それはするべきではない」と判断している。
この森は毎日、従業員が手入れしている。よほどの大雨でも降らない限り、従業員は7時50分頃に出社し、敷地内の掃除をしている。敷地内のゴミ拾い、草むしり、落ち葉拾い、雪かき――。会社が強制しているわけでもないのに、自発的に集まり、ガーデンの管理に精を出している。それは土日も同様だ。
「儲かっているからできること」。そうした声もあるだろう。だが、伊那食品工業はカネがない時代から社員や取引先、地域社会を大事にしようと努力してきた。その姿勢が信用と評判を生み、競争力を高めてきたことは間違いない。社員の幸せを願う気持ちが従業員のやる気を引き出し、取引先や社会を思う思想がファンを生み出した。この循環が、伊那食品工業の強さの本質である。
「成長は善ではない」
「いい会社をつくりましょう」。その理念を実現するため、生産設備の改善、従業員や取引先への還元、地域社会への貢献などに惜しみなくカネをつぎ込んできた。毎年10億円、この10年で100億円を超えるカネを投じている。売上高を考えると、かなりの金額であることが分かるだろう。
理想の会社を作るためには継続した投資が必要だ。継続した投資を実現するためには利益を上げなければならない。そして、リストラせずに利益を上げるには企業の成長が不可欠だろう。「いい会社」を作るためには企業の成長が不可欠である。

だが、その成長は急であってはならない。企業の成長は年輪を重ねるように、地道なものでなければならない。そして、身の丈に合った腹八分の成長でなければならない。塚越会長はそう考えてきた。
「どんなに厳しい環境だろうが、年輪ができない年はないでしょう。それは企業も同じこと。木が年輪を積み重ねるように、緩やかに強くなればいい」
年輪の幅は若木の時は大きいが、年月を経るごとに狭くなっていく。成長率は低下するが、木は一回り、大きくなっている。良いときも悪い時も無理をせず、持続的な低成長を志す――。年輪のような企業作りを塚越会長は目指してきた。
塚越会長の年輪経営に照らすと、急成長は会社の健全な発展をゆがめる。急成長の過程では、設備や人員を増やしている。だが、急成長の後には必ず反動がくるもの。その時初めて、設備や過剰の人員に直面する。
そして、設備の廃棄や給与カット、人員削減、最悪の場合は廃業に踏み切らざるを得なくなる。これは目先の利益を追った結果である。成長は必ずしも善ではない。急激な成長は組織や社会、環境に様々なゆがみをもたらす。それは、社員を幸せにはしないだろう。
あえて低成長を貫く――。その姿勢は徹底している。こんなことがあった。
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