伊那食品工業の新入社員研修は制度やスキルの前に、人としての生き方や考え方などを教えていく。この日のテーマは「学び方」。二宮尊徳の遺訓を引き合いに出し、学ぶことの意味を新入社員に話していた。

翁曰く、
人、生まれて学ばざれば、生まれざると同じ。
学んで道を知らざれば、学ばざると同じ。
知って行うことを能はざれば、知らざると同じ。
故に、人たるもの、必ず学ばざるべからず。
学をなすもの、必ず道を知らざるべからず。
道を知るもの、必ず行はざわるべからず。
人として生まれてきた以上、学び続けるべき。学校の勉強だけでなく、人の話を聞いたり、ものを見たり、本を読んだり、仕事をしたり、様々なことで学ぶことはできる。そして、学んだら道を知るべき。ここで言う道とは、「物事のあるべき姿」。会社はどうあるべきか。父親はどうあるべきか。母親はどうあるべきか。社員はどうあるべきか。市民はどうあるべきか――。それを知るために、学ぶべきと新入社員に説いた。
この新入社員研修の初日、塚越会長は必ず、「100年カレンダー」の前に連れていく。100年の未来が書かれているカレンダーの前に立たせ、“自分の命日”を入れさせるのだ。時間は誰にでも等しく与えられている。そして、どんな人間にも死が訪れる。残された時間をどう使うか。その意味を考えさせるためだ。



「通勤時、右折禁止」が意味すること
「彼らだってあと50回くらいしか花見はできない。それが分かれば、真剣に桜を見るだろう。限りある時間を理解すれば、1日1日を大切に生きる。時の流れははかない。そのはかなさを考えてほしい」と塚越会長は言う。こういった研修は2週間続く。終わる頃には、新入社員はがらっと変わっているという。
「立派な社会人であれ」。塚越会長は事あるごとに社員に語る。立派な社会人とは、人に迷惑をかけない人間のこと。会長自身、会社や社員、取引先に迷惑をかけないように生きてきた。その教えが隅々まで浸透しているからだろうか。同社の社員は「立派な社会人」を実践している。
伊那食品工業の社員はスーパーなどに買い物に行った際、遠くから車を止める。ほかの客が近くに止めやすいように配慮しているためだ。
毎朝の通勤時、伊那食品工業の社員は幹線道路を右折しない。必ず数百メートルの先を大回りして、左折で敷地に入ってくる。これも、右折で道路渋滞を招かないためだ。

伊那食品工業の本社や工場の駐車場を見ると、すべての車が後ろ向きに止められている。理由を聞くと、車の排ガスで駐車場の草花を傷めないため、という。
人によっては「きれいごと」と感じるかもしれない。だが、従業員は無理するふうでもなく、自然に実践していた。「右折禁止の話は入社前に聞いていた。でも、入社して驚いたが、本当に皆右折しない。この会社では、言っていることは必ず実行している」。先の竹内氏は打ち明ける。
この会社は、社員だけでなく、取引先の幸せも考えてきた。
「払うべきものを払い、使うべきものに使う」
「払うべきものをきちんと払って、使うべきものにしっかりと使う。そうすれば、最終的に得をするんだよ」。こう語る塚越会長は創業以来、曲げずに続けてきたことがある。それは、印紙代をケチらないことだ。
通常の取引では、約束手形の代わりに為替手形を利用することがある。この場合、手形を受け取った方が印紙代を支払うことになる。今でこそ少なくなったが、印紙代のコストを削減するため、為替手形を振り出す企業は存在している。これは自分が支払うべきコストを取引先に押しつけているのと同じことだ。それに対して、伊那食品工業は貧乏だった時代も印紙代は自分が負担してきた。無理な下請け叩きはせず、長期的な関係を構築してきた。
そんな小さな積み重ねが信用を生み、ファンを醸成してきたのだろう。
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