新しい技術や商品を開発したとしても、その人1人が生み出したものではない。成果を出す過程では、同僚や取引先など様々な人の力を借りている。会社の経営資源や歴史が生み出した信用も寄与しているはずだろう。であるならば、成果を1人の従業員やチームに帰することは公平ではない。
個々のスタープレーヤーが活躍するのは結構なこと。だが、組織が大きな力を発揮するのはメンバーが一丸となって頑張る時。成果主義を導入すると、この組織の力を削いでしまう。
そして、従業員の立場でものを考えた場合、最もカネが必要になるのは子供の教育費や住宅ローンなどの出費がかさむ40~50代。一番カネが必要な時に給料が増える。それが社員にとって一番幸せなのではないか――。塚越会長はこう考える。

「何かよくなった」。そう感じることが会社の成長
考えることは社員の幸せ。このことを象徴するのは人事制度だけではない。伊那食品工業は毎年、売上高の10%を超える経常利益を出している。この利益は必ず、何らかの形で社員に還元していく。
例えば、3年に1度支給している「スタッドレスタイヤ手当」。冬季の寒さが厳しい伊那地方では、スタッドレスタイヤは必需品である。大半の従業員は通勤に車を使っており、タイヤ交換代はバカにならない。「ならば」と2万円を補助することにした。
象徴的な例をもう1つ。伊那食品工業では、5~6年前から自宅の車庫の改築に補助を出している。屋根つきの車庫にすることを条件に7万円を支援するのだ。その理由は環境対策である。冬の寒さが厳しい伊那地方では、毎朝、エンジンが暖まるまでに時間がかかる。この間のアイドリングが二酸化炭素の排出につながる。屋根つきにしておけば、アイドリングの時間が節約できる。そう考えたためだ。
この手の話は枚挙にいとまがない。伊那食品工業では、10時と15時に15分ずつのお茶休みがある。この時のお菓子を「お茶菓子代」として月500円支給している。さらに、この会社では2年に1度、社員旅行で海外に行く。昨年(2008年)の海外旅行で会社が支給した金額は1人当たり23万円。昨年(2008年)は50周年記念という特殊事情だったために多額の支給になったが、例年でも8万円を補助している。

「社員寮の価格も安いし、私生活のサポートが充実している。働いている環境がとてもいい」。入社3年目の竹内友二氏は言う。同じことを、多くの従業員が考えているだろう。
こういった社員還元は金額の多寡ではない。オフィス環境がよくなった。駐車場が広くなった。食堂がきれいになった――。どんな些細なことでも、「前よりよくなった」「幸せになった」と従業員が感じられれば、それがモチベーション向上につながるのではないか。「売り上げが増えることが成長ではない。『何かがよくなった』と従業員が実感できる。それが、会社の成長だとオレは思う」。塚越会長もこう語る。
だからだろう。伊那食品工業の従業員はよく働く。
伊那食品工業の利益率は高い。寒天で圧倒的なシェアを確保していること、イナゲルのように価格競争に陥りにくい付加価値の高い製品を作っていること、値引きされるような販路を避けていること――などいくつかの理由が挙げられる。だが、突き詰めれば、従業員の生産性に帰結する。
この会社には「担当」という概念があまりない。「かんてんぱぱガーデン」に隣接する北丘工場で働く宮井美保子さんは、家庭向け商品「かんてんぱぱ」の直販の注文を受けるかたわら、北丘工場の横にある「かんてんぱぱショップ」のレジ打ちやガーデンを訪れる団体客の案内など、様々な仕事をこなしている。これは本社部門でも変わらない。

当たり前と言えばその通りだろう。だが、従業員同士がお互いにカバーし合うため、余計な人員を抱える必要がない。さらに、性善説で経営しているため、管理のための書類や人員が少なくて済む。
営業担当者が使う社用車を1つ取っても、普通の会社であれば、使った後にキロ数やガソリン残量などを日報に書き残す。だが、伊那食品工業ではその種の報告を求めない。「だって、社員を信用しているからね」(丸山勝治取締役)。管理のための作業が少なければ、その分、効率や生産性は高まるだろう。
「性善説の経営」が管理コストを下げる
性善説の経営。それを機能させるために、塚越会長は社員教育に力を入れる。
取材で訪れた3月27日。ちょうど、新入社員研修が行われていた。
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