「成長」にあえて背を向けている企業がある。この会社が重視しているのは従業員の幸せと企業の永続。そして、それを実現するために持続的な低成長を続けている。人事制度は終身雇用の年功賃金。地域社会への投資も惜しまない。それでいて、10%を超える高い利益率を維持している。
私たちの足元は経済危機に揺れている。強欲の虜になったグローバル資本主義はバブルを膨らませ、金融危機を引き起こした。今の経済危機は強欲がもたらした1つの末路とも言える。であるならば、この会社の生き方は、危機後の資本主義に、そして企業経営に、1つのヒントを与えるのではないだろうか。
48年という長きにわたって増収増益を続けた企業がある。本社は長野県伊那市と、決して地の利に恵まれているわけではない。しかも、扱っているのは「寒天」という地味な成熟商品だ。にもかかわらず、1958年の創業以来、階段を上るように、一段一段、着実に成長してきた。
この会社の名は伊那食品工業。国内シェアは約80%、世界シェアでも15%を占める寒天のガリバー企業である。
社是は「いい会社をつくりましょう」
2008年12月期の売上高は159億円と、中堅企業の域を出ない。だが、経常利益率は10%とほかの食品メーカーと比べると高い部類に入る。自己資本比率は72%。銀行借り入れもほとんどない。小さいけれど、ピリリと強い――。そんな言葉がぴったりくる企業だ。
この会社の社是は「いい会社をつくりましょう」。その言葉通り、業績や財務に優れた「強い企業」ではなく、従業員、取引先、顧客、地域社会など会社を取り巻くすべての人々にとって「いい会社」であることを目指している。人事制度は終身雇用の年功賃金。下請けを叩くことはなく、地域社会への継続的な投資も惜しまない。利益至上主義が幅を利かせるこの時代、企業の多くが失った何かが今なお残る。
“前人未踏”の48期連続増収増益を実現した伊那食品工業。その要因を経済誌的に書けば、以下のようになるだろう。
寒天という成熟商品の新しい用途を徹底して開発してきたこと。そして、新しい需要や新しい市場を作り出してきたこと。それが、増収増益の最大の理由である――と。
確かに、伊那食品工業は旧態依然とした寒天市場を革新してきた。最初に手がけたのは原料調達の安定化だった。


原料調達のために海外を走り回った1970年代
もともと伊那地方では農家の冬場の副業として寒天作りが盛んに行われていた。だが、天候に左右されることが多く、不安定な相場商品として悪名を轟かせていた。原料の海藻不足が極まった石油ショックの時など、寒天の価格はそれまでの3倍に高騰している。
これだけ変動幅が大きいと食品メーカーも怖くて寒天など使えない。相場商品でなくすことが寒天需要拡大の唯一の道。そう考えた伊那食品工業は、海外に解を求めた。その後、チリやモロッコ、大西洋の真ん中のアゾレス諸島、メキシコの片田舎、オーストラリアのキングアイランドなど、原料の海草を調達するために世界を走り回った。
そして、安定調達の体制が出来上がった1977年、伊那食品工業は新聞に次のような広告を出した。「寒天はもう相場商品ではありません」。寒天価格を安定させるために原料調達の道を切り開いた。それが、寒天のトップ企業になる礎を築いたことは間違いない。
次に進めたのは寒天の用途開発である。
創業当初の伊那食品は技術もカネもない零細企業だった。しかも、寒天の市場自体も急速に縮小しつつあった。会社の資源はほとんどなく、市場そのものが縮んでいく――。考え得る最悪の環境に置かれた伊那食品工業は新しい市場を作り出すことに活路を見いだした。
新しい寒天需要を掘り起こすため、寒天を使ったお菓子を作り、メーカーに提案すると同時に、メーカーの声に耳を傾け、物性や粘度が異なる新しい寒天を開発してきた。その過程では、棒状や粉末ではない寒天も生み出している。

「固まらない寒天」など斬新な商品を次々と開発
例えば、同社の主力商品に「イナゲル」という商品がある。これは、寒天にゼラチンなど粘性を持つ別の天然素材をブレンドした粉末や顆粒の寒天製材のことだ。寒天と別素材の配合によって、様々な固さを作り出すことができる。寒天の用途開発を進める中で生まれた商品だった。
「ウルトラ寒天」という固まりにくい寒天を開発したこともあった。ある研究の際、全く固まらない寒天ができてしまった。常識的に考えれば失敗作だが、一縷の可能性を感じた研究者は量産化技術の研究を続けた。その成果だろう。今では、介護食や飲料の原料として広く使われるようになった。
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