最近、あるアンケート調査を行いました。属性として「製造業」「サービス業」「その他」の欄から選んでもらい、その他を選んだ人についてはカッコ内に自由記入してくださいとお願いしました。
すると、IT(情報技術)・通信・交通・運輸・銀行・証券・保険・コンサルティングなどの過半の人たちが、自分たちは「その他」だと回答したのです。
そのことが誤りであるとは思いません。けれども、第3次産業をサービス業とする分類に従えば、それらの業態はサービス業ともいえます。
しかしながら、日本においてカタカナで表される「サービス産業」は、ホテル、旅館、レストランなどの「ホスピタリティー産業」に限定して使われているのが実態かもしれません。
あなたの仕事は「サービス業」なのか、それとも「ホスピタリティー産業」なのでしょうか、あるいはどちらにも分類されないのでしょうか。今回は、サービス(service)とホスピタリティー(hospitality)がどのようなニュアンスを持っているかについて考えてみたいと思います。
サービスは「奉仕」であり「役に立つ」こと
広い意味でのサービス業(つまり第3次産業)の就業者数はいまや約7割弱。産業別のGDP(国内総生産)構成比においても7割強を占めています。
サービスの語源はslaveを表すラテン語servusに名詞語尾である-itiumがついたservitium。そこから「奉仕」「奉公」「給仕」を意味するようになり、パブリック・サービス(公役・公務)、メディカル・サービス(医療・医務)、ミリタリー・サービス(軍役・軍務)、チャーチ・サービス(礼拝)のように使われます。
2011年3月に起きた東日本大震災を契機に、サービスにおける「奉仕」の側面が改めて認識されました。しかしそれは、「サービスはビジネスではない」ということを意味するのではありません。
むしろ震災直後の対応と復興を通じて、ビジネスは社会全体に対して「尽くす(serve)」ものであり、「仕える(serve)ものであり、「役に立つ(serve)」ものなければならないということを、私たちは改めて強く思い知らされました。
「サービス」の本質を考えることを通して、私たちは、逆にビジネスとは何かという基本的な問いに対するヒントを見つけることができると思います。
2つの言葉の違いは何か?
では、次にホスピタリティーについて考えてみます。
「ホスピタリティーとは何でしょうか?」と聞くと、ほとんどの人は「おもてなし」と答えます。その意味では割と共通認識が出来上がっているようにも思えます。
しかしながら「ホスピタリティーとサービスの違いは何でしょうか?」と聞くと、固まってしまう人も多いようです。
言葉の源流から考えて、もっともホスピタリティーがあふれているべきところはどこでしょうか。hospital(病院)です。この語根のhospitの語源はラテン語のhospesで、動詞のhospitareは「客をもてなす」。hospitalitemは「客に対するもてなし」。それが古フランス語のhospitaliteとなって現在の英語となりました。
宿泊や飲食などに関わるビジネスは「ホスピタリティー産業」と呼ばれることがあります。もちろん「早い!安い!」で勝負しているところもありますが、ここでは「感じの良さ」で勝負しているタイプのビジネスもあります。ホスピタリティーがあって「いい感じ」を受けると、人はお金を払います。しかも、かなりの。
ホスピタリティーは主人が行うおもてなし
ホスピタリティーとサービスは似ているようで異なります。既に述べたように、サービスという言葉は「サーバント」につながるもの。つまり「主従関係」における「従」の側から発想した言葉です。
それに対して「おもてなし」はもてなす側が行うこと。つまり「主」の側に視点があります。
ホスピタリティーであれ、おもてなしであれ、もともとは報酬を期待して行うことではありませんでした。これらの言葉は、相手に喜びを与えることに価値を見いだしている点において、共通しています。しかしながら、おもてなしが価値を生むことで、それ自体がビジネスとして成立するようになる過程で次第にサービスとの境界線があいまいになっていったとも考えられます。
「おもてなし」にはいくつかの段階があります。まず、基本的に無礼や失礼がないこと。「マイナスがない」ということと言ってもよいでしょう。次に、準備が行き届いていること。スムーズにもてなすためには、様々な状況を想定して相応の準備を行うことが必要です。
さらに、実際の接遇の「本番」においては、かゆいところに手が届くこと。その基本は「相手のことを思う」ことです。最後に、期待をはるかに上回ること。それらを超えた感動があること。これらが満たされると顧客からの謝礼の気持ちが返ってきます。それが利益の源泉となります。
「利休の七則」
ホスピタリティー産業に従事していない人にとっても「感じの良さ」はビジネスで成功する秘訣です。自分が「感じがいいなぁ」と思っているときには、たいていほかの人もそう思っているもの。「感じのいい人」は、営業や顧客サービスで成功するのは当然。また社内においても、物事がスムーズに進みます。
「いい感じ」を表す英語はいくつもありますが、その1つに「グレイシャス(gracious)」があります。丁重で上品で親切。しかもこの言葉はあくまでも「主」が「従」に対して持つ気持ちなのだそうです。そうだとすると、ホスピタリティーの原義に近いようにも思えます。
「おもてなし」を説いたのは千利休。利休には「七則」と呼ばれるものがあります。その締めくくりの言葉は「相客に心せよ」。
おもてなしは、相手の気持ちに気づいて気配りをすること。相手がしてほしくないサービスやしてほしくないときのサービスは「要らないお世話」。自分のことばかり考えている人は「感じが良い」とは言われません。
ホスピタリティー、おもてなし、感じの良さ──。これらに共通するのは、相手に対する細やかな配慮に尽きるのではないかと思います。
(この記事は日経ビジネスオンラインに、2013年7月30日に掲載したものを転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)
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