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 まさにこの疑問に呼応するかのように、タッシュマン教授は別の研究者たちと、2011年にHBR誌に「両利きのCEO(最高経営責任者)」というタイトルの論文を発表しました。この論文では、両利きの経営を企業が実現するために必要なリーダーシップのあり方が議論されています。

予算対立のバランスを取るリーダーシップが不可欠

 たとえば、新規開発を担うチームは、既存の開発部門の下に置かれることが多いはずです。しかし、その開発部長は他の既存部門との予算獲得競争にさらされることも多く、そして往々にして、いま目に見える成果の出ている「知の深化」型の既存部門に予算が割かれてしまいがちです。これはコンピテンシー・トラップの遠因になっているかもしれません。

 このような事態を避けるため、経営者には3つの「両利きのリーダーシップ」が求められる、とタッシュマン教授たちは説きます。それは(1)自社の定義する「ビジネスの範囲」を狭めず、多様な可能性を探求できる広い企業アイデンティティーを持つこと、(2)「知の探索」部門と「知の深化」部門の予算対立のバランスは経営者自身が取ること、(3)そして「知の探索」部門と「知の深化」部門の間で異なるルール・評価基準を取ることを厭わないこと、だと述べています。

 いかがでしょうか。「両利きの経営」は、海外の経営学で統計分析などによる研究が積み重ねられているだけでなく、このように少しずつですが実務家への示唆となるような論文も発表されてきています。そして何より、日本を代表する企業家の方々にも通じるところがあるのです。

 今回紹介した井上教授の著書は昨年(2012年)刊行されたばかりのものですし、タッシュマン教授の2つのHBR論文はダイヤモンド社の『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー』でも日本語に訳されて発表されています(注)。少なくとも2011年の日本語訳は論文単品で買うこともできるようです(840円だそうです)。

 繰り返しですが、私は少なからぬ日本企業がコンピテンシー・トラップに陥っていると考えています。この状況を打破するには、「両利き」の組織体制とリーダーシップが求められており、そして何よりみなさん自身が「知の探索」に出ることが望まれているのかもしれません。

筆者注:ダイヤモンド社の日本語訳では、「両利き」ではなく「双面型」という言葉が使われています。

 (この記事は日経ビジネスオンラインに、2013年2月12日に掲載したものを再編集して転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)