そしてそのために、世界中から優秀な学生をかき集め、生活の面倒までみて育成する「投資」が実行されるのです。逆に言えば、いったん入学させても「こいつはこれ以上の投資に見合わない」と判断されれば、投資をやめる(=退学させる)ということになります。

 さらにいえば、米国のPh.D.取得者たちは、世界中のビジネススクールで就職する機会があります。たとえば欧州のトップスクールの教員は北米Ph.D.をもつ人がかなり多くなっています。今は香港・シンガポールや、中国・韓国の上位ビジネスクールでも、欧米のPh.D.ホルダーを積極的に採用しています。いま海外の経営学は国際標準化が急速に進んでいますが、やはりその中心地は米国なので、そこでPh.D.を取った人への需要が多いからでしょう。

 海外では今ビジネススクールの設立・拡大がブームとなっている国もあり、米国のビジネススクールはそういった国に「経営学者の卵たち」を送ることで、結果的にその影響力や名声を高めているといえるのかもしれません。

日本の博士課程への示唆

 では、日本の博士課程への示唆を考えてみましょう。あくまで私論(というか、やや暴論)であることを先にお断りしておきます。

 第1に、日本の経営学博士課程の1つの可能性は、そこから輩出する博士(Ph.D.)をより積極的に海外の大学に送り出すことにあるのかもしれません。

 仮に博士課程の第1の目的が学者を育てることなら、日本でそれを目的とする学生が減るのは当然でしょう。国内は少子化の影響で大学の数が減っていますから、そもそもPh.D.の需要が減っているからです。(ここでは「民間企業も博士を積極的に採用すべきか」といった議論は割愛します)。

 それに対して、海外ではビジネススクールが今まさに興隆しつつある国もあります。たとえば欧州の一部の国や中国・インドがそうですし、今後は東南アジアでビジネススクールが増えてくることも期待できるかもしれません。

 もちろん日本の大学はすでにアジアなどから留学生を博士課程に受け入れていますが、今後はそれに加えて、日本人の中からも海外のビジネススクールへ博士を送り込むことを目指す、という視点はありえるのかもしれません。特に私の知る限り、香港やシンガポールのビジネススクールは米国と同様か、あるいはそれ以上の高待遇で教員を採用するところもあるようです。日本の著名大学はアジアの国々でも知名度が高いようですから、それも後押しする材料でしょう。

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