グローバル競争の激化に伴い深刻化する労働環境悪化を反映してか、睡眠ブームが続いている。書店には睡眠関連本が並び、枕やマットレスなど最新寝具市場も急拡大。正しい睡眠法や睡眠グッズについても様々な主張が飛び交っている。だが、睡眠時間については「せいぜい8時間、あるいはもっと短い方がいい」という意見が圧倒的に優勢だ。

実際、短時間睡眠を推奨する書籍は多いが、長時間睡眠を薦める本はめったに見かけない。メディアでも「長時間睡眠は早死にする」といった記事は頻繁に掲載され、有名起業家の自己啓発本などを読むと「睡眠時間は3時間で十分。長く寝る奴は人生を無駄にしている。負け組確定」といった趣旨のフレーズが普通に書かれている。読者の中にも、密かに悩んでいるロングスリーパーは少なくないのではないだろうか。

本当にロングスリーパーは駄目人間で、長生きすることは出来ないのか、睡眠研究の第一人者に話を聞いてきた。「バラエティ番組制作の裏側」「サプリメントブームの落とし穴」「日本の社会保障制度を維持するための秘策」など様々な話題を経てついに辿り着いた衝撃の結論とは?

<b>三島 和夫(みしま・かずお)</b><br/>1987年 秋田大学医学部医学科卒業。1991年 秋田大学医学部精神科学講座助手。1996年 秋田大学医学部精神科学講座講師。2000年 秋田大学医学部精神科学講座助教授。2002年 米国バージニア大学時間生物学研究センター、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員助教授。2006年 国立精神・神経センター精神保健研究所精神生理部部長。2010年(独)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。<br/>日本睡眠学会(理事)、日本時間生物学会(理事)、日本生物学的精神医学会(評議員)。主な著書(編集・共著含む)に『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(2014年 日経BP社)、『不眠の医療と心理援助―認知行動療法の理論と実践』(2010年 金剛出版) 、『レコーディング快眠法』(2015年 朝日新聞出版)など。
三島 和夫(みしま・かずお)
1987年 秋田大学医学部医学科卒業。1991年 秋田大学医学部精神科学講座助手。1996年 秋田大学医学部精神科学講座講師。2000年 秋田大学医学部精神科学講座助教授。2002年 米国バージニア大学時間生物学研究センター、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員助教授。2006年 国立精神・神経センター精神保健研究所精神生理部部長。2010年(独)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。
日本睡眠学会(理事)、日本時間生物学会(理事)、日本生物学的精神医学会(評議員)。主な著書(編集・共著含む)に『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(2014年 日経BP社)、『不眠の医療と心理援助―認知行動療法の理論と実践』(2010年 金剛出版) 、『レコーディング快眠法』(2015年 朝日新聞出版)など。

最近、睡眠ブームですよね。書店には睡眠本が並び、枕やマットレスなど最新寝具市場も拡大しています。ただ、あまりにも情報が氾濫し過ぎて、本当はどんな睡眠法や睡眠グッズがベストなのか、混乱している人も少なくありません。「8時間寝るべき」と言う専門家もいれば「4時間30分で十分」という偉い先生もいる。そこで今日は、特に睡眠時間を中心に「本当に効果的な睡眠法・睡眠グッズ」について聞きに参りました。

三島:それはまた難しいテーマですね。何時間寝るのが最も健康にいいのか、どんな睡眠グッズを使うと熟睡できるのか、科学的なエビデンスを元に断定するのはとても難しいことなんです。枕やマットメーカーが、何を以って「自社の製品が良質な睡眠につながる」と主張しているかと言えば、例えば、被験者に試させて、「何割の人が従来品に比べて『よく寝れた』と答えた」といったデータを根拠にしています。

たとえ個人の主観でも、十分な量のサンプルがあって統計的に有意なデータが取れれば「効果あり」と主張していいのでは。

専門家を困らせる一部の「対決系情報番組」

三島:それはその通りなのですが、こと睡眠グッズに関しては、統計的に有意なデータを得るのは非常に大変です。先日、あるテレビ局が、「2つの最新枕を対決させる企画をやりたい」と連絡をくれたんです。

ああ、最近多いですよね、そういう対決系の番組。

三島:話を聞いてみると、かなり大掛かりな実験をやりたいと。ボランティアを集め、数十人ずつ2つのチームに分け、それぞれA社とB社の自信作の枕を使って数週間寝てもらう。で、寝心地を採点してもらって勝敗を決めたいと。

なるほど。

三島:でも、私は「そんなことをしても企画は成功しませんよ」って言ったんです。なぜかと言えば、睡眠グッズについては「統計的に有意」と言えるほどの差がまず付かないからです。そりゃあ、木とか石の枕と、最新素材の枕を比べれば「最新素材の勝ち」という結果は出るでしょう。でも、新製品の枕同士なら、大抵は拮抗します。多くの人は、「寝具メーカーが研究を重ねて開発した新製品を比べる」という実験内容を聞いた段階で、「いずれの製品も、家の枕よりは眠れるだろう」と心理的バイアスに囚われてしまうからです。

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