戦略とは「総帥としての仕事」

 では、ストラテジー(strategy)はどうでしょう。定番の訳は言うまでもなく「戦略」。しかし、この言葉のニュアンスも、「戦」を含む日本語とそれを含まない英語では微妙に異なっている場合があるように思います。言葉の成り立ちから考えると、英語の方は必ずしも戦うことのみを意味するのではないからです。

 ストラテジーの元となったのはギリシャ語の「ストラテゴstrategos」という言葉。これはアテネにおける「総帥」あるいは「総司令官」の職の名前です。作家の塩野七生さんは「国家政戦略担当官」と訳しています。そこから派生したstrategiaは「総帥が下す命令」や「采配」となり、フランス語で「戦略」を表すstrategieを経て、この英語となりました。

 最も著名なストラテゴは、世界史の教科書にも登場する古代アテネのペリクレス(Pericles, BC495-BC429)。ペリクレスはこの地位に長らく選出され続け、その大半を議長として過ごしました。海軍国で陸上の戦いには弱いアテネが、厳しい軍事訓練で鍛えられた強力な陸軍を持つスパルタにいかに対抗するか ――。ペリクレスの「戦略」は、陸での戦いにならないように、港を含む海岸に長い城壁を造り、市民すべてを壁の内側に置くことでした。方針・方策を立てて実行・実践したわけです。

 ペリクレスが将軍(ストラテゴ)として採用したストラテジー(戦略)は戦いを指揮することだけではありませんでした。役職者を平民の中からも抽選で選ぶ制度を設けたことは、必ずしも戦いとは関係のない「制度作り」といえるでしょう。また、ペリクレスはパルテノン神殿を完成させました。私たちがギリシャ文化として理解している「アテネの黄金時代」は、ペリクレスがストラテゴであった時代のことです。

 組織の黄金時代を作るのは、戦略・組織・制度から文化に至るすべての面にわたる総帥としてのストラテゴの仕事。それこそが「ストラテジー」の背後にある本来的なニュアンスなのかもしれません。

戦略と戦術は合わせて一つ

 戦略的意思決定(strategic decision making)とは、様々な条件を勘案して、長期的かつ大所高所から考えて、限りある資源の最適配分を行うことです。岐路に立った時に、どのような判断をするか。目の前にある道を行くのか行かないのか――。そのことを、英語では“Go/No go”と言います(最初にこの言葉を聞いた時に「ゴーノゴー」と聞こえて、「いったい何のことですか?」と聞き返した覚えがあります)

 進むか退くか。右に行くか左に行くか。あちらを取るかこちらを取るか。戦いに関係あろうとなかろうと、戦略とは「何をするかを決めること」です。それは同時に「何をしないかを決めること」でもあります。

 ですから、ストラテジーは“What(何を)”の問題だと言い換えることもできます。それに対してタクティクスは“Where(その場)”や“When(その時)”に“How(いかにして)”行うかに関係する問題だと対比できると思います。具体的な裏づけのない戦略は絵に描いた餅。意思決定の前提になるのは、選択した戦略の実行可能性がそれなりに高いと見込めるかどうかです。

 戦略を策定するストラテゴが信を置くのは、タクトを持ってタクティクスを遂行できる(そしてタクトフルな)人。そのような意味でも、ストラテジーとタクティクスは相補的。ストラテジーからタクティクスに落とし込むことも、タクティクスを積み上げてストラテジーとなることもあります。表題を自ら否定するようですが「どちらが大切か」ではなく、「どちらも大切」、そして「合わせて一つ」なのです。

 (この記事は日経ビジネスオンラインに、2013年6月18日に掲載したものを再編集して転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)

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