インターネットで、見知らぬ相手と一緒に楽しむネットゲーム(オンラインゲーム)、通称「ネトゲ」。しかしネトゲのバーチャル空間に長時間没入するあまり、リアルな社会生活が送れなくなる人がいる。
ゲームに熱中して夫や子供をないがしろにする妻。ネット上のバーチャル恋愛に没頭する女性。息子のゲーム中毒が原因でうつ病になった父…。韓国では、ゲームに数十時間熱中して死に至ったケースも何件か報道された。
こうしたゲーム依存症・中毒患者を、「ネトゲ廃人」と呼ぶ。ネットゲーム依存は日に日に深刻化しているが、その実態は知られず対策も講じられていない。「ネトゲ廃人」たちは、何を思いどう生活しているのか。ジャーナリストの芦崎治氏が全国の「ネトゲ廃人」を取材し、その証言をまとめた。
(聞き手は日経ビジネスオンライン 大塚 葉)
まず、ネットゲームにはまる人々を取材しようと思われたきっかけと、取材相手をどのように募集したかを教えてください。
芦崎 僕の知り合いで、中高生の子供がネットゲームに熱中し、不登校になったり引きこもりになったという話を、何人かから聞いたためです。これはどうしたことだ、というのが取材を始めたきっかけでした。
芦崎 治(あしざき・おさむ)氏
ノンフィクションライター、環境ジャーナリスト。1954年、富山県生まれ。立教大学法学部卒。週刊誌「AERA」、司法ジャーナル「ジュディシャルワールド」などに寄稿。主な著書に『ファシリテーター 甦る組織』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『逃げない人を、人は助ける』(中経出版)など。桜美林大学非常勤講師も務める。
(写真:花井 智子)
調べてみると、ネットゲームにはまって社会からドロップアウトした人が増えているらしい。彼らは「ネトゲ(ネットゲーム)廃人」と呼ばれるが、これは蔑称的な意味合いだけでなく、「こんなにやっている」という尊敬や、自嘲、プライドのようなものも混じっているようだ。
一方、韓国ではネットゲームの最中に亡くなった人がいるという報道があった。日本はどうなっているのだろうかという疑問がわいたことから、「ネトゲ廃人」を自称する人たちの実態を明らかにしたいと思ったのです。
出版社のリーダーズノートを通じて、ウェブサイトや口コミで「ネットゲーム依存症の人に話を聞きたい」と募集したところ、すぐに70人ほどから回答がありました。メールでやり取りし、実際には国内で25人ほどに会って、どんなゲームに何年くらいはまったか、その時の生活の状況は、などを詳しく聞きました。
本に登場した19人の自称「ネトゲ廃人」には、身なりのきちんとした女性や、サッカーや水泳などのスポーツも楽しむ少年もいて、少し驚きました。いわゆる「ネットゲーム依存症」のイメージとかなり違いますね。年齢も、中学生から40代と幅広かったのが印象的でした。
芦崎 そうなんです。マスコミは、ゲーム依存症というと「ゲームオタク」「アキバ系の若い男性」「引きこもり」というイメージを強調しがちです。しかし僕が実際に会った「ネトゲ廃人」には、男性だけでなく30~40代の女性もいたのです。
彼女たちの話を聞くと、生まれた時に既にインベーダーゲームがあった。幼稚園の頃からゲームに触り、25年くらいゲームに関わっているわけです。女性の中には独身もいるし、主婦もかなり多いということが分かりました。
例えば、本の最初に登場する30代女性は、フェリス女学院大学の英文科を卒業した、IT(情報技術)企業の社長秘書でした。2番目の女性も、堅い企業で派遣社員をしている30代。
2人とも既に「ネトゲ廃人」を脱却している人たちでしたが、「ネトゲ廃人」だった自分の過去を冷静に振り返っているんです。引きこもってうつうつとしている人かと思っていたら、そうではない。ネットゲームや依存の状況について論理的に話すし、ちゃんとメッセージを発信できる。
こういう人でもネットゲームにはまっていた、というのが驚きだった。そこで、この2人を冒頭に持ってきました。
中には、マスコミがよく伝えるような「太めで身だしなみを構わない若い男性」のような「ネトゲ廃人」もいるでしょうが…。
芦崎 もちろんそういう人もいますが、すべてではないんです。
私も、「ネットゲームにはまるのは社会の落ちこぼれ」という考えにはにわかに賛成できないので、芦崎さんのリポートに共感を覚えました。ネットゲームにもいいところがある、と思います。例えば、ネットゲームでは何人かでチームを組んで敵を倒しに行きますよね。そこで協調性を学んだり、戦略を考えて会議を行う。これはそのまま、ビジネスシーンに似ているのではないでしょうか。
芦崎 確かに似ていますね。
ご著書にもありましたが、ネットゲームの中でリーダーシップを発揮する人もいます。こうした能力をうまく使えば、社会にきちんと適応できると思うのですが。ネットゲームはダメだと一概に言わずに、もっとポジティブにとらえられないでしょうか。
芦崎 そうですね。しかし、おっしゃるようにネットゲームの中での役割があるだけでなく、彼らには会社でも役割がありますよね。両方はなかなかできない。彼らはその狭間で、苦しむのです。
昼間は会社組織の中で働いて、夜は家に帰ってバーチャルな世界でゲームリーダーになる。ゲームの中で数十人のグループの戦略をまとめないといけない。会社なら部長、中間管理職のようなものです。リアルな社会のしがらみを、夜はまたゲームで繰り返さなければいけないことが、ストレスになってしまう。
ネットゲームが悪いわけではないのです。そして彼らには集団を動かすスキルは確かにある。しかしゲームの中ではバーチャルに過ぎないんですよ。
実際に僕が取材した「ネトゲ廃人」たちは、実社会でリーダーになれるような人ばかりなんですよ。だから、実社会でこうしたことをやった方がいい。彼らの話を聞いて、本当に「もったいない」という気がした。これだけの能力を持っているのに…と。
もともとオタク系の人は、賢いんです。ゲームのために不登校になった子もいましたが、話を聞くと芯はしっかりしていて、目標を持っている。
しっかりしていたからこそ、ネトゲ廃人から脱却できたのかもしれませんね。
芦崎 そうですね。僕が取材したのは皆「ネトゲ廃人卒業生」。結果的に、自分の足で立ち上がることのできた人たちばかりです。しかし中には「現役のネトゲ廃人」、まだ立ち上がれていない人たちもたくさんいます。このあたりは、今回の取材では見えてこない部分ですね。
芦崎さんは取材相手の女性の1人に「あなたは、今依存症になっている人のカウンセラーになったらいいのでは?」とアドバイスしておられましたね。
芦崎 脳の研究者などからゲーム依存についての話などを聞くこともあるのですが、彼らの場合理論や解釈が先立ってしまっています。直にネトゲ廃人に会っているわけではないのです。本当にネトゲ廃人の気持ちが分かるのは、経験した人でないとダメなんです。
今回は、日本だけでなく韓国にも取材に行っておられますね。
芦崎 韓国で、ゲームのやり過ぎで死者が出たという報道がありました。そこで、オンライン先進国である韓国に行ってみようと思ったのです。ワシントン・ポストが米政府の統計として、「2002~05年までで12人死者が出た」と発表しています。米国は韓国のオンライン事情に敏感ですね。
こうした死亡報道は、たいていの場合ゲームセンターなどで従業員が見つけたケースです。家庭で亡くなっている人もいると思いますが、その場合は家族が隠蔽するでしょうから、実際の数はもっと多いでしょう。
特に最近問題になっているのは中高年の死亡だ、と聞いて僕も驚きました。ここでも、「ゲームは若い人がやっている」という先入観が間違っていることが分かります。聞いてみると、ゲーム依存症は30~60代までいるそうです。
中高年の方たちの死因は、脳溢血、心筋梗塞などの心疾患です。エコノミー症候群もそうですが、水分も取らずに何時間も同じ体勢でいると、例えばトイレに立った途端に倒れてしまったりするのです。
依存症を治す方法はあるのでしょうか。
芦崎 韓国では、中学生の依存症を治すための「矯正塾」もあります。政府主導の11泊12日の「治療キャンプ」では、カウンセリングと同時に乗馬、キャンプなど体を使ったスポーツがプログラムに入っている。インドアからアウトドアに、移行させるわけですね。
また、ゲーム時間を少しずつ減らし、別の喜びを与えるようにする。このやり方で、6割くらいはいい方向に向かっているようですが、それでも依存症が治らない子もいます。
一方で米国では、ゲーム依存になった子をゲームによって治療するという研究もされているようで、こういう方法も「アリ」なのかもしれません。
もし自分の子供たちがゲーム依存になった時、親として何ができるか、ということは考えますね。ただ、中高年の依存症については、対策が難しいようです。
日本では、こういう試みはされているのでしょうか。
芦崎 まだでしょう。日本の文科省は、ネトゲの実態も知らないのではないでしょうか。
韓国では、夜10時~朝6時までゲーム会社が青少年にネットゲームを供給しないようにする、という法律「シャットダウン制」を制定する動きがあり、法案が通りそうです。また中国では既に、「5時間以上続けてゲームをやると経験値が半分になる」といった強制的な措置が取られているようです。
日本の場合は、携帯型のゲームマシンや家庭用ゲームマシンが主流なので、韓国や中国のような対策が講じられていないのかもしれません。
しかし、日本でもそろそろ対策を考えないといけないでしょうね。
芦崎 ウルティマオンラインなどをはじめとした米国製のゲームは、集団性、組織性、「皆で一緒に戦いに行く」というところが確かに新しかった。ただ、米国人の場合は一人ひとりに自律性があって、眠くなったりすると途中で「じゃあ、自分は抜けるよ」と言ってゲームをやめるんです。しかし、日本人にはこれができない。
日本人には「隣組」というか、組織や集団のしがらみの中から抜けられない傾向があります。義理人情に弱くて、ほかの人に合わせようとしますよね。その国民性があって、ネットにはまってしまう人が増えているのではないかと思うのです。
ネットの持つコミュニティーの特性が、日本人にとってはしがらみになってしまう…。
芦崎 例えば、ファイナルファンタジーというゲームを作った人は、おそらくここまで日本人が「ゲームから抜けられないストレス」を抱えるようになるとは、思わなかったでしょう。
ファイナルファンタジーは、自分の友達がネット上でどの世界にいるか簡単に分かるようになっています。ゲームクリエーターはきっと、「仲間のいる場所が分かると楽しいだろう」という気持ちでこの機能をつけたのだと思います。しかし実際には、「自分がどこにいるか、皆に知られるのはウザイ」と感じるユーザーが出てくる。
まるで、「自分の恋人が今何をしているのか分かってしまう」という浮気調査のような機能になっており、それがストレスになってしまっているのです。
ゲームというのは、両面を持っているから難しいですね。
ゲームのいい面と悪い面を理解してつき合えば、社会からドロップアウトすることもないわけでしょうね。ネットゲームのいい面といえば、ご著書の中で、「体に障害があって外に出られない子供たちが、ネット上で対戦するという楽しい経験ができた」というケースを紹介されています。
芦崎 そうですね。今回取材した人たちに「ネトゲのメリットとデメリット」を聞いたところ、「ネットでしか出会えない、たくさんの友人ができたことがメリット。しかし、そのために膨大な時間を費やしたのはデメリット」というのが典型的な答えでした。
繰り返しになりますが、これまで僕らも含めマスコミが作ってきた「アキバ系のイメージ」には、偏りがあります。実は「ネトゲ廃人」にはいろいろな人たち、聡明な人たちもいるという現実をもっと見て、社会のイメージを変えていかないといけないと思っています。
今回の取材では、「ネトゲ廃人イコール引きこもり」という先入観に惑わされずに、彼らにしか分からない言葉を知りたかった。「廃人」というのは彼らにとって共通の言語です。リアルな我々の世界には知られていない、地下水脈のようなもので、この実態をぜひ多くの人に知ってもらいたいと思います。
ご著書は、単にネトゲ廃人を非難するのではなく、彼らのありのままの姿を丁寧に描いたものになっています。本の発行を機に、世の中の議論を盛り上げていきたいですね。
芦崎 ありがとうございます。これからは、ネトゲ廃人が市民化、大衆化していく可能性があります。
例えば今回の取材で、こんな男性がいました。ゲームのやり過ぎで睡眠時間が取れず、会社で毎日のように寝ている。上司が怒って「ゲームか仕事か」と迫ると、彼は会社よりゲームを取って退社するのです。彼には、ネットゲームの中での使命感があるのですね。
誰しも、今のリアルな世界で「生きがい」も「死にがい」も見い出せない場合、バーチャルな世界で「生きがい」や「死にがい」を見い出したら、そちらの方に行ってしまうかもしれないのです。
今回たまたま僕がインタビューした人たちは、皆それぞれ賢く、能力もある。僕は取材後も、「君たちはいいものを持っている」というメッセージを彼らに伝えてきました。彼ら自身が、自分の能力をどう分析できているか分かりませんが…。
ネトゲ廃人たちには、ぜひリアルな世界で活躍してほしい。彼らにはそれができると僕は思っています。
(この記事は日経ビジネスオンラインに、2009年5月1日に掲載したものを再編集して転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)
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