あくまで私見ですが、HBSがなぜ今も「研究」「教育」「実業界への啓蒙」のいずれにおいても重要な存在であり得ているかというと、もちろんその伝統やネームバリューもありますが、それに加えて、「タイプ1」だけはなく、優秀な「タイプ2」や「タイプ3」の教授たちを豊富に揃えている、ということも大きいのではないか、と私は考えています。

 しかし、他のビジネススクールがおいそれとその真似をできるかというと、それはなかなか難しいのかもしれません。3つのタイプの教授をバランスよく揃えるにはやはり潤沢な資金が必要ですし、ある程度の組織の変革も必要になってくるからです。

 さらに前回申し上げたように、そもそも米国の研究大学は大学間で熾烈な「知の競争」をしています。特にAAUに所属している大学はそのステータスを守らなければならないのですから、(ハーバードのようにどうやってもAAUから落ちそうにない大学を別とすれば)やはりビジネススクールとしても査読論文の業績が期待できる「タイプ1」の教授を重用するのは自然のなりゆきといえます。(注:AAUについては前回記事を参照してください。)

日本のビジネススクールはどうあるべきか

 さて、最近は日本でも社会人教育の一環としてビジネススクールが定着しつつあるようですが、ここでもその実態は多様であるように私にはみえます。

 たとえば国立大学のビジネススクールは優れた「経営学者」を教授陣に並べているところが多いようにみえますし、他方で私立大学や民間のビジネススクールの中には実務家出身の教授を揃えたところもあります。そしてこういった多様性を背景として、日本のビジネススクールのあるべき姿も議論されているようです。

 他方で、「これこそがビジネススクールである」として正解を断言するのは、実はなかなか難しいのではないでしょうか。なぜならこれまで見てきたように、ビジネススクールの本場といわれている米国でさえ、その実態は多様なのですから。

 このコラムをお読みいただいたみなさんには、「米国でもビジネススクールのありようは混沌としている」という実態を分かっていただいた上で、日本のビジネススクールのあり方をいま一度考えてみられるのも有用かもしれません。

 さて、これでビジネススクールの話は終わりです。次回からは、米国を中心とした海外の「タイプ1」の経営学者たちが推し進めている興味深い研究トピックを紹介していきます。今のところ、次回は「『経営ビジョン』って、本当に意味があるのか」という話題を紹介しようかと思っています。

 (この記事は日経ビジネスオンラインに、2012年12月25日に掲載したものを再編集して転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)

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