他の学術分野―たとえば物理学や経済学―に知見のある方なら、このことには驚かれるかもしれません。なぜなら、(少なくとも米国では)一般に学術的な業績とは、学術誌に「査読論文」を掲載することに他ならないからです。

 「査読」とは審査のことです。学者が論文を学術誌に投稿すると、匿名の査読者(通常は同じ分野の研究者)が審査をします。その審査に通った論文だけが学術誌に掲載されるのです。このプロセスは、自然科学・社会科学のどの学術分野でもほぼ同じのはずです。そして、その分野に重要な貢献をもたらした査読論文を多く発表した学者が、「影響力のある学者」となるのが普通だと思います。

 経営学でも基本はこれと同様です。前回も述べたように、米国の上位の研究大学のビジネススクールにいる経営学者の重要な仕事は、厳しい審査プロセスを経て査読論文を国際的な学術誌に載せることです。

 にもかかわらず、その頂点にいるはずのHBSには「査読論文の業績はそれほど顕著ではないけれど、世界的にはとても有名な経営学者」がいるのです。
 そして、その典型がマイケル・ポーター教授なのです。

経営学界で頂点を極めたポーター教授の実績

 2012年10月にフォーチュン誌に掲載されたマイケル・ポーター教授の現在を紹介する記事は、興味深いものでした。

 この記事では「地球上のどの経営学者よりも、世界中のエグゼクティブに与えた人物(筆者訳)」としてポーター教授をとりあげ、同教授のこれまでの功績、そして今も精力的に活躍されている姿を紹介しています。

 他方でこの記事では、「経営学界で頂点を極めた人物としては大きなパラドクス」として、ポーター教授がその39年間のキャリアで7本の査読論文しか学術誌に掲載していない事実も紹介しています。

 私のような駆け出しがいうのは僭越極まりないのですが、39年間で査読論文の数が7本というのは、米国の研究大学にいる学者としては極めて少ないといえます。(もちろん1本1本の影響力が大きいということかもしれませんが、それでも数として少ないことは間違いありません。)

 実はポーター教授だけではなく、『イノベーションのジレンマ』で有名な、同じHBSのクレイトン・クリステンセン教授も、アカデミックな意味で上位の学術誌への査読論文の掲載数は、私が知る限りそれほど多くありません。

 では、ポーター教授やクリステンセン教授は、学術誌への査読論文の掲載数が少ないにも関わらず、なぜこれほど「経営(学)に影響を与えた学者」とされるのでしょうか。

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