また、米国にはAAU (Association of American Universities)という、選ばれた研究大学だけが所属できる団体があります。日本の多くの方はご存じないと思いますが、米国ではこのAAUのメンバーになることが研究大学にとって大きなステータスなのです。

 AAUのウェブサイトにはメンバー大学のリストが載っていますが、ハーバード大学や、スタンフォード、MIT、プリンストン、ミシガン大学、UCバークレーなど錚々たる大学の名前があります。私の所属するニューヨーク州立大学バッファロー校も、なんとかその中に名を連らねています(そして、当校の教授の多くはそれを誇りに思っています)。しかしメンバーになっている大学は全部で60しかありません。

AAUから外されたネブラスカとシラキュース

 このAAUの基準は厳しく、大学全体の研究成果が悪いとメンバーから外されてしまいます。実は2011年、ネブラスカ大学とシラキュース大学がAAUから外されてしまい、関係者の間では大きな話題となりました。(正確にはシラキュース大学は、AAUメンバーであることを「辞退せざるを得なくなった」と言われています)

 米国ではこのAAUメンバー大学に加えて、今入ってないものの中長期的にはAAU入りを目指しているような大学が数十ぐらいあり、私の肌感覚なので正しい数字ではないのですが、恐らく全体では百数十ぐらいの大学が「研究大学」といえるのではないかと思います(誰か、正しいデータがあったら教えて下さい)。

 逆にいえば、残りのほとんどの大学は教育大学に近く、規模も小さいところが多くなります。

 念のためですが、私は研究が上で、教育が下とか、そんなことは言っていません。これは単に大学の目的が違うのです。私は、米国の素晴らしさの1つはこの裾野の広い教育システムであり、特に教育を重視する小規模のカレッジが多くあることにあると考えています。

 これでおわかりいただけたと思いますが、日本でも知られているような大学の多くは「研究大学」で、それらは大学同士で熾烈な「研究の競争」をしているのです。

 そのために、研究大学にいる教授は「研究という競争世界」で勝つことが義務となります。そして、研究の戦いで勝つとは、すぐれた学術誌に論文を掲載する、ということに他なりません(理系分野の場合はグラント(研究助成金)をとる、という競争も加わります)。

 そして、それはビジネススクールでも同じなのです。研究大学のビジネススクールに所属する教授は、だからこそできるだけ科学的な方法で研究し、ランキング上位の学術誌に論文を掲載するために努力することが求められるのです。

 したがって、やや大胆に言ってしまえば「社会科学としての経営学研究の競争に勝つためには、科学ではないドラッカーなど読んでいる暇はない」ということになるのです。

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