全8904文字

「自分が大嫌いでも、置き換えることはできない」

でも、電車の中などで小さな子供が泣きやまない場合はどうしたらいいのでしょうか。周囲の人に迷惑がかかりますし、冷たい視線で見られて、さすがに叱らないといけないような気がします。

岸見:電車の中で子供が騒ぎ出したらできることは1つです。叱るのではなく、次の駅で降りる。駅のホームなら泣くことが許されます。もちろん日ごろから話し合っていい関係を築かないといけません。電車に乗るときは静かにしないといけないと、きちんと伝えておく。そのうえで騒いだ場合に、静かにしないといけないと、改めて伝える。忍耐力が求められます。

ほめずに叱らないならば、どのような言葉をかけたらいいのでしょうか。

岸見:大人でも子供でも嫌な感じがしない言葉は「ありがとう」です。相手の貢献に注目する言葉で、役に立ったという気持ちになります。そんな大人同士の言葉をかけたらいい。そういう風に思えることが、自己受容につながり、自分のことを好きになることにつながる。

 むやみに怒る上司はいやだというのと同じで、叱ることは人と人との関係を近づけはしない。叱ることで関係を悪くしておきながら、援助しようとするのは難しい。人は自分が嫌だと思う人の言うことは聞かないものです。この人はちゃんと自分のことを見てくれていると思えばこそ、話を聞いてくれるものです。

上から目線で叱るのではなく、あくまで対等な立場に立ち、相手が子供でも、貢献があれば、認めて感謝する。私も子供と接する際に実践すべきなのかもしれません。

岸見:カウンセリングに来る人は自分が大嫌いな場合が多い。でも自分はほかに置き換えられない存在です。自分という道具はずっと一生使い続けないといけない。その私が嫌いなら、人は幸せになれない。だから自分をなんとかして好きになってほしい。自分が役立たずでなくて、誰かの役に立てている。そう思える。

 親は子供にありがとうと声をかける。そう言われたら、子供は自分が役に立てると思えて、自分のことが好きになる。それでも、次回も同じ適切な行動をしてほしいと期待しないでほしい。下心で言うと逆効果です。貢献に注目する。 もちろん、その親以外の人は「ありがとう」と言ってくれないかもしれません。でもそう言われることを期待して、適切な行動をする子供も困る。誰かが見ていたら、ほめてもらえるのでゴミを拾うが、誰も見ていないと拾わないといった考え方です。ほめられたいと思う人は、承認欲求が強く、承認されないと気が済まない。誰かが見ていなくても、自分が共同体に貢献したいという満足感を持てれば、そうはならない。