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「叱ってはいけないし、ほめてもいけない」

岸見さんとアルフレッド・アドラーの出会いはどういうものだったのでしょうか。アドラーは、ジークムント・フロイトやカール・グスタフ・ユングと並ぶ心理学者として世界的に有名ですが、日本ではそこまで知られていません。なぜ関心を持つようになってのですか。

岸見:来日したアドラー研究者の講演会に参加したのがきっかけです。「今日この講演を聞いて、幸せになりたいと思う人はすぐに幸せになれる。自分の決心でなんとかなる。自分がどういう風に生きるのか。それを考えれば幸福になれる」といった趣旨のことを話していました。

 最初はうさんくさいなあと思い、反発も覚えたのですが、よく考えるとそうかなと思える部分が多かった。 さらに子供の教育を通じて、アドラーの考え方を実践する場を得たこともあります。

 当時、私はギリシャ哲学が専門で、大学院の博士課程で学び、研究職を目指していました。でも大学院を卒業しても就職口はなく、非常勤の講師などをしていました。

 ちょうどその頃、子育てにかかわる機会がありました。妻は小学校の教師をしており、私の方が時間を自由に使える環境にあった。そこで幼い2人の子供たちの保育園への送り迎えを、私が担当することになりました。父親が育児に参加するのは一般的ではなかった時代です。周囲のお母さんからは「なぜお父さんが送り迎えをしているのか」といった好奇の目で見られましたが、子供とかかわる以上はきちんと子育てをしたいと思いました。今でいう「イクメン」ですね。

 子育ては大変で、子供はなかなか言うことを聞かないものです。そんな中で、アドラーの思想に触れた。その考え方は衝撃的でした。「大人と子供は対等だ」と言う。大人の方が知識も経験もあり、もちろん同じではありません。でも、対等な存在として認めなければならない。「叱っていけないし、ほめてもいけない」と言っている。

私にも子供が2人いますが、「ほめて育てた方がいい」という意見をよく聞きます。一方で、叱るべき時にきちんと叱らないと、子供はわがままになってしまいます。

岸見:私も最初は子供をほめていましたが、アドラーの考え方は全く違う。衝撃的ではまってしまいましたね。私と子供たちの関係は非常にいいのですが、「ほめて、叱る」という育て方ではここまで関係は良くならなかったでしょう。

 私は声を荒げるようなタイプではないのですが、子供にそういう態度だけで関わっていると好き勝手になったでしょう。叱るだけなら事態は悪くなって、もっと反発されたと思います。早い時期に子供との関係を対等にしたことで、非常に良くなりました。

 例えば、子供が泣いても大きな問題になりません。子供が泣くのは親の注目を得たいからです。そういうことに対して子供に注目を与え続けると、泣き続ける。かといって叱ると事態を悪くすることになる。一喝すると確かに言うことを聞くかもしれませんが、「怖いから」というだけで、副作用があまりにも大きく、関係が決定的に悪くなる。

 1歳の子供でも自分が置かれている状況の意味は意外に分かるものです。私の子供は、初めて保育園に行った日が、朝7時半から夜7時までの長時間保育でした。保育士さんは心配しましたが、私はこう言いました。「娘は私が帰ったらきっと泣くと思いますが、ずっとは泣きません。必ず30秒で泣き止みます」。担当した保育士さんは、時計で測ってみたそうですが、30秒ではなく15秒で泣き止んだそうです。

 これは偶然ではありません。泣いても保育士さんは時計を見ていて注目してくれない。娘がそのことを学ぶのにかかった時間が15秒だったのです。そうしたら保育士さんが抱っこしてくれた。普段からの親子の関係作りが良ければ、何も心配ありません。