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「摩擦を怖がってひるんで逃げる人が多い」

 それが怖くて、自分の意思を曲げて、結婚をあきらめた場合、どうなるのか。誰のための人生を生きているのか。自分の人生を生きているのかということになる。それでは意味がありません。

 嫌われる勇気を持っていないと、何のために生きているのか、分からなくなる。もめても、粘り強く説得して、最終的に折れることがない。そんな生き方を選んだ方が幸せを感じられるはずです。

 摩擦を怖がって、ひるんで、逃げる。世代を問わず、どんな層でも、そういう人が多い。人の気持ちに目を向けないくらいにならないと、決断できません。私はカウンセリングする中で、多くの人が「決定できない」と感じています。人を傷つけたくないと思っているからです。そういう場合、私は、一時的にでも、人の気持ちをあまり考えないような援助をします。多少の事ではびくともしない。人の気持ちよりも、自分がどうしたいのかをまず考えることで、人生が変わることが多いのです。

日本の社会は和を重んじます。嫌われる勇気がある人がたくさんいて、自分の意見をどんどん言うようになると、職場や学校の和が乱れて、大変なことになったりしませんか。

岸見:太平洋戦争の頃を思い出してください。「これはおかしい」と思っても、戦時中は異を唱えられませんでした。その結果、戦争を止められずに、多くの人が命を失い、悲惨な結末を迎えました。

 だから「おかしいことはおかしい」と言える人が増えた方がいい。みんながやさしくて人を傷つけない方向に行くと社会自体が大変なことになります。気が付いたら指摘するべきです。それはおかしいんじゃないかと言える社会の方がいい。

 相手が年長者でも上司でも親でも、自分自身の考えを言えるように多くの人になってほしい。抵抗があってもそれは仕方がない。自分の主張に伴う責任です。みんなが主張できない世の中は危険です。

相手に合わせず、自分の意見をはっきり言うと周囲からうとんじられたり、いじめられたりするかもしれません。とりわけ逃げ場が少ない学校のような閉鎖空間では苦しい思いをしそうです。

岸見:はっきり意見を言う子供が必ずしもいじめられるわけではありません。「何でこんなことをするんだ」と抵抗できる子供はいじめられにくい。むしろなすがままになってしまう子供はいじめのターゲットになりやすい。さらに意見がない子供は、いじめる側に回らなくても、摩擦を恐れて、いじめがあっても見て見ぬふりをして、いじめる側に同調するかもしれない。そう考えると、意見を言える方がきっといい。