高層マンションでは秀才が育ちにくい。「断捨離」してきれいに片づいた家は子供の意欲を下げる――。2500人以上を難関中学に合格させたプロ家庭教師の西村則康氏は、数多くの家庭を見てきた経験から、意外な住環境が子供の学力を左右すると指摘する。さらに、“正しく”受験勉強をすれば、大人になってからもずっと使える思考習慣が獲得でき、燃え尽き症候群にも決して陥らないという。子供だけでなく大人にも役立つ能力開発の大前提について聞いた。

1954年生まれ。75年に都内進学教室の設立に参加。以降30年以上、中学・高校受験指導に携わる。名門指導会代表。塾ソムリエ。(写真:都築 雅人)
西村先生はプロ家庭教師として、これまでに2500人以上の子供を難関中学に合格させてこられたそうですが、家庭の中に入り込んでいく家庭教師だからこそ、家を見ると分かることがいろいろあるそうですね。
西村:はい、家庭環境を見て、子供にちょっと話をさせれば、例えば高校になったらこの子はどのくらいの学力になっているかという先のことも何となく分かりますね。
西村先生は近著『頭のいい子の育て方』(アスコム)で、「タワーマンションに住んでいる子供は才能が開花しない」とおっしゃっていますが、これは最近気づかれたことなんですか。
西村:そうでもないです。この10年ほど、ずっと感じていることです。
具体的には、どのようなことから気づかれたんですか。
西村:ある子供と理科の話をしていまして、「イネって単子葉植物かな?」と聞いたら、「分からない」と言うんです。「じゃあイネを見たことないの?」と聞くと、「見たことない」と。
都会に住んでいて、田んぼが周りになければ、普通はあまり見たことがないのでは。
西村:ところが、低層のマンションや一戸建てに住んでいるお子さんで、見たことないという子はいなかったんですよ。タワーマンションに住んでいるその子も家族旅行はよく行っていますから、田園風景は見ているはずなんです。なのにそれが意識されていない。
自分とは遠い世界になっちゃってるんでしょうか。
西村:あくまでも、上の方から見る1つの景色として見ているようです。普段の生活環境が、すぐ外に出て何かに触るということができないし、風のそよぎも感じられない、音も聞こえない。五感への刺激が圧倒的に少ないために、身体感覚が自然に鍛えられるべき時期に十分鍛えられないというのが大きいと思います。
この小さい頃の身体感覚というのが、物事をはっきり理解するという感覚や、学習へのモチベーション、行動力にも深く結びついてくるんです。
高層マンション住まいが身体感覚の発達に影響があるというのは、幼少期限定の話なんでしょうか。
西村:そうですね。中学2、3年生以降はあまり関係ないような気がします。
学力の平均値で見れば、恐らく高層マンション住まいの子供の方が、そうでない子供よりも高いように思うんです。高層マンションの住民は一般的傾向として収入が高く、教育にもそれだけ費用がかけられるでしょうから。ただ、「こいつはすごいな」というような優秀な子が高層マンションにはほとんどいないんです。
小さい頃の身体感覚って、あまりにもたくさんあり過ぎて説明が難しいんですが、無意識にある程度勝手に身につくものと、教わって真似をして身につくものがあると思うんですね。
例えば昔やった缶蹴り。上級生が空き缶を正面から蹴るふりをしながら横に蹴る。そうすると確かに逃げやすい。なるほど、あっちに蹴ればいいんだと真似をして上手になりますよね。蹴る瞬間の足の角度をこうすればあっちに飛んでいきそうだと予想してやってみる。うまくいくことも失敗することもある。うまくいった時はこうだったからこれでやってみようという具合に学習していったと思うんですね。
缶蹴りに限らず、生活のいろいろな場面で身につくべき身体感覚が乏しい場合、勉強して学力を上げていく過程ではっきり限界みたいなものがありますね。
例えばお母さんと一緒にバーゲンセールに行って、3割引きだから何円かなという経験をしていない子は、数に対しての感覚が鈍く、複雑な数字の操作がやりにくいんです。
普段は4万円の商品が1万2000円になっていた。その時のお母さんの真剣な顔つきだとか(笑)、相手の表情がどう変化したかも子供は感じ取ってると思うんです。
7割安くなってるとお母さんがこんなに喜んでる。7割引きってすごく安くなってることなんだと。そういう生活経験や実感なしに、いきなり4万円の70パーセント引きはいくらでしょうという問題を解いても、頭の中だけの話になってしまう。
西村:例えば小学6年生でも、算数の問題を解いてお父さんの年齢を求めて「150歳」と答えて平気な子もいる。「お前の父ちゃん、150まで生きるのか?」と聞かれて、はたと気づく、みたいな。
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