「頑張り方」が分からないまま中年になってしまう理由

西村:今、教養に対する憧れという話をしましたが、昔は「難しい本」を読んでいるというのがカッコ良かったですよね。でも今は逆で、難しい本を読んでいると何カッコつけてるんだとなる。団塊の世代あたりまでは教養至上主義で、努力することが素晴らしいと信じてきた世代だと思うんですが、今は努力するのはダサいという風潮になっていて、努力できない子が多い。でも人間の本来の性質としては新しいことが分かると楽しいし、できることが1つ増えるのは快感である。これはずっと変わりません。

 今の子供は忍耐力がないんですが、それは社会的環境のせいであって子供本人の責任ではないと思うんです。今の子に必要なのは、ちょっと頑張ればできること、これだったらできそう、ということを具体的に示してあげることだと思います。

今の子供に忍耐力がないというのは実感しますね。ただ、努力するのがダサいと本当に思っているかどうかは分からないんです。子供の作文なんかを見ると、結びの言葉は必ず「これからもがんばりたいと思います」やら「もっともっとがんばりたいです」で終わるんですけど、文字面だけというか、その後頑張っている気配が一向に見えないというか。

西村:うーん。それを書いた時は本心だと思うんですけどね。それは、そう書かざるを得なかったという事情もあるかもしれませんが、「がんばります」と書いた瞬間には子供はそう思ってるわけです。ところが、どうすることが頑張ることになるのかが分からないんです。

そうかもしれません。

西村:しかも、そこで何をやればいいのか考えなさいと言ったとします。そこがまた身体感覚の話になるんですけど、「これをやっていけば、こういういいことがありそうだ」という予感がないんです。成功イメージがないものについては努力はできない。どうなるか分からないけどとにかく頑張るだけは頑張ろうということができる子は本当に少ないんです。

「将来の夢=プロ野球選手」とかは誰でも書きますけど、じゃあ明日から毎朝千本ノックしようという行動にはなかなか結びつかない。

西村:そうですね。今の世の中というのは、ものすごく頑張ってきた一部の人たちと、あまり頑張ってこなかった多くの人がいますよね。例えば、いわゆるフリーターとして既に中年にさしかかった人たちに夢がないのかというと、ちゃんと夢はある。ただ往々にして夢追い人というか、夢が現実離れしていて努力の方向すら分からなくなっている。

小学生の思考感覚のまま中年になっちゃった、みたいな感じでしょうか。

西村:そうも言えますね。「大人になったらウルトラマンになる」的な。

そこで、あるべき方向に頑張れるかどうかの道を分けてしまうものがあるということですか。

西村:そうですね。

例えばですが、イチロー選手もほかの子供たちと同じように「野球選手になりたい」と思っていたと思うんですが、具体的に毎日、必要な練習を自発的にやっていけた。お父さんの存在も大きかったとは思いますが、そういう行動様式が身についていたからこそ大選手になったのでは。

西村:やってみたらうまくいった、だから取り入れていく。そこにあるのは本人自身の快感だと思います。これでやっていけそうだという、快感を伴う成功イメージの積み重ねがあったでしょうね。

 最近、物理が嫌いな高校生って多いんです。だいたい嫌いになるのが最初の運動方程式のあたりですね。何かというと加速度ですね。ジェットコースターに乗って加速していく怖さ、これが加速度だという感覚が持てない。具体的なイメージがないから理解ができないんです。

運動方程式は、解けば物体の動きが全部分かるからすごいんだよと。それをすごいと思うか思わないかの違いは大きい。

西村:運動方程式がすごいなと思えるその大元は何かというと、それこそ暗記の知識ではなく、自分が積み上げてきたいろいろな知識や経験、それにつながる楽しさを知っているということでしょう。それは、実は大人になっても使えるロジカルシンキングにつながります。

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