松田:そこは、同じ科学者といっても工学者と数学者で「分かる」という認識に違いがある。工学者は「揚力の大きさが分かったからそれでよい」と言うでしょうし、それで正しい。一方数学者にすれば「そんなのは厳密解じゃない。いいかげんな」ということになるでしょう。それはそれで正しい。
数学者、あるいは「全てを疑え」という科学哲学者の目からすれば「飛行機が飛ぶ理由は、まだ完全に分かっていない部分がある」と見えるのかもしれませんが、工学者としては、計算と実験がほとんど合っているのですから「完全に分かっている」と言ってかまわないと私は思います。
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Y:いやはや、長い時間ありがとうございました。ここまでで分かったことをまとめてみようと思います。
Q:【飛行機はなぜ飛ぶか】
A:【飛行機の翼が空気の循環を発生させることで、揚力が生まれるから】
(循環の発生で翼の上面の気流が速くなり、下面は遅くなる。流速が速いほうが気圧が低くなり、翼は上に吸い上げられる。これは「ベルヌーイの定理」で説明できる。揚力は「(空気の)密度×(飛行機の)速度×(翼の)循環(※)」で計算できる。「クッタ・ジューコフスキーの定理」と呼ばれる)
※循環の単位についての説明は私の力量を遙かに超えますので、ご容赦ください
Q:【なぜ循環が発生するか】
A:【翼の後縁が尖っているので、翼の上下の流れがそこで滑らかに合流するから。(クッタの条件)】
Q:【目に見えない翼の「循環」が存在することをどう証明するか】
A:【目で見ることが出来る翼端渦、出発渦が、翼とつながっていることで証明できる(ケルビンの渦定理)】
Y:先生、おかげさまで急所が分かってきた気がするのですが、これ、ものすごく難しいです。出発渦の話まで子供に説明できるかと言われたら、絶対無理です。これじゃあ、先生がネットでこてんこてんにやっつけていた「間違った説明」をしたくなる理由も分からなくもないような。
松田:Yさん、間違った説明をわざとするのは嘘つきだし、知らずにするのはバカですよ。
Y:ぐはっ。
松田:とはいえ、確かに抽象的な思考を要求される、難しい話ではあるんです。
理系の専門家でも誤った仮説を信じ続けている
松田:神奈川工科大学教授の石綿良三先生がこうした「揚力」の説明がどうなっているかを調べられたのですが、一般書では「正しい16.2% 、 十分でない50.0% 、間違っている33.8%」、物理の教科書では「正しい61.0% 、 十分でない22.0%、間違っている17.1%」であったそうです。(「科学書に見られる間違った翼の原理の拡散」石綿、根本、山岸、荻野、日本機械学会講演論文集No. 138-1 (2013))
Y:あっ、むしろそこが分かりません。NASAまでが、ああいうフィルムを作って「世の中で広まっている説明は間違っているぞ」と啓蒙活動をやっているということは、揚力についての同じ誤解が洋の東西を問わずある、ということですよね。
松田:そういうことですね。
Y:なんで世界中でそんなことになるんですか。
松田:石綿先生にいわせれば、物理学者が反省もせずに言い続けているからだと。実際、僕がこの話をあるところでしたら、聞いていた物理の大家である某名誉教授が、「そんな話は初めて聞いた」と言うんですね。自分も「翼の上下の空気が同時に後端に着く」と習ったと。それで僕がある大学の講義のマクラに「困ったもんだね」とこの話をしたら、その後で学生が1人来て、「先ほど流体力学の講義を受けたんですけど、その先生はまさにその間違った理論を言っていましたよ」と。それでその先生が誰かと調べたら、私の大学での知人でした(笑)。
Y:笑い事じゃありません。揚力が誤解されているよりずっと深刻な話じゃないですか。もしかしたらですけど、「どうせ素人にクッタ条件とかいったって途中で寝てまうやろ、それならもうこのぐらいであしらっておけばええ」みたいに先生方が考えているんじゃないですか。
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