Y:この説明を読んで「そういうもんかな」と思っていたんですが、よく考えるとなぜ上下に分かれた空気が翼端に同時に到着・通過せねばならないのかが、まったく理解できない。

松田:そう、中学生でも分かる穴がある。でも、それが一般的な説明になっている。実際に実験すれば、上の方が流れが速いので早く後端に着きます。翼の形状も、上が盛り上がっている必要は必ずしもありません。だって上が膨らんだ翼の形が必須条件ならば、背面飛行ができませんよね。思考実験で簡単に分かるこういう俗説が、なぜかまかり通っています。翼の上が膨らんでいるのは、そのほうが循環が大きくなるからです。
Y:実はこの「等時間通過説」に基づく説明は、最近出た航空力学の入門本にも載っていました…。
(世間にあふれる「間違った説明」と、松田先生による突っ込み、解説はこちら。ここからの説明もより専門的になされています)
松田:流速の上下の差を生むのは翼回りの空気の循環です。循環が発生するためには後縁部がとがった形で、クッタの条件を満たすことが必要になります。翼とは翼断面や迎角をうまく作ることで、翼に空気の循環を発生させる装置、と言えます。
Y:循環とおっしゃいますが、じゃ、風洞実験をして、煙を流すなどをすれば、翼の回りに渦が巻いているのが目に見えるのでしょうか?
松田:いいえ。
Y:えっ…。
循環はある。でも目には見えない!?
松田:「循環がある」と言われたら、誰だって「ほほう、じゃあ、翼の周りに空気がぐるぐる回る流れがあるんだな」と思うわけです。
Y:思いますね。まさしくそう考えていました。
松田:でも、それは違うのです。翼の上の流れと、下の流れの速度が異なる。ということは、そこに「(左向きに進む翼を想定すると)上には右、下には左に向かう空気の流れがある」と考えられる。つまり時計回りの循環があるとすれば、上では対気速度と循環の速度が足し合い、下では引き合うので、翼上面の空気の流れは速く、下面は遅くなるのです。対気速度に対して上では加算、下では減算されて、循環があるという説明がつく。
Y:「あるとすれば」ということは、実際にはない、ということですか。
松田:「循環」は、単に数学的な表現です。
Y:数学的な表現…。「ここに循環があると“仮定する”と、大変よく説明できるのです」とおっしゃっているように聞こえるんですが。
松田:そう、そういうことですよ。
Y:だとしたら、しつこいのですが、風洞の中で何かこう、煙とか微粒子でもばらまいてやればですよ、翼の周りをぐるぐる回るところが見えたりしないんでしょうか。
松田:それは見えるわけがありません。考えてみて下さい。飛行機が前に進んでいる状態で、翼の下で逆向きの空気の流れが生じるなんてことはありえませんよね。
Y:え? あ、そうか! 実際に循環があったとしても、逆向きの流れより前から来る空気の流れの方がずっと速いから、相殺されて「下が遅くなった」だけとしか見えないか…。
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