読者の皆様はプレミアムブランドとラグジュアリーブランドの違いを明確に説明できるだろうか。
マーケティング理論では語れない高級ブランド
価格、歴史、顧客、品質などなど、様々な切り口が頭をよぎったかもしれない。答えは、ブランドの作り方にある。プレミアムブランドでは、基本的に従来のマーケティングの考え方、すなわちSTP(セグメンテーション、ターゲッティング、ポジショニング)がブランド戦略の中心にある。セグメンテーションとターゲッティングは文字通りどのように市場を細分化しどのセグメントを狙うか、そして、ポジショニングとは競合に対してどのように差別化するかである。そのためのHow to が一般的に世の中で語られているマーケティング理論である。
一方で、ラグジュアリーブランドは作り方が全く異なる。ブランドの根幹は、あくまでデザイナーやメゾンの世界観であり、極論を言えば顧客も競合もブランドの根っこの部分では意識していない。ラグジュアリーブランドの立ち上げにおいては、そのブランドでしか味わえないオンリーワンの世界観を築くこと、作り手の主観を徹底的に磨き上げることが何よりも重要なのだ。
この定義に基づけば、例えば、日本が誇るデザイナーズブランドの1つ、コム・デ・ギャルソンは立派なラグジュアリーブランドである(ここでは詳細には触れないが厳密には、アパレルのラグジュアリーブランドは、デザイナーの世界観が先行するデザイナーズラグジュアリー(例:ジャン・ポール・ゴルチェ)と、ブランドそのものの世界観やアイコンが先行しデザイナーの創作範囲を規定するメゾン型ラグジュアリー(例:エルメス)に分けられる。コム・デ・ギャルソンは前者である)。
1980年代にパリで一世を風靡したボロルックに始まる川久保玲氏の独創的な世界観を中心として、ジュンヤワタナベをはじめとするサブブランドにもその世界観が引き継がれている。コム・デ・ギャルソンの顧客は、その世界観に惚れ込んで購入するのであり、そこには他ブランドとの相対的評価は入り込む余地は少ない。
従って、多少の価格差で顧客が購入を悩むようなことは、一般的なブランドと比較すると遥かに少ない。この顧客を熱狂させその世界観の中に閉じ込めて他と比較させないことこそラグジュアリーブランドの強みであり、価格競争に陥りにくいという点でビジネスとして魅力的なのである。
ダイナミックに値上げし蘇ったオメガ
このような特徴を持つラグジュアリーブランドでは、従来のマーケティング論では説明できないようなマジックが可能だ。その一つがプライシングである。例えば、スイスの機械式時計は、国を挙げての機械式時計のラグジュアリー戦略推進とプライシングの見直しにより、息を吹き返した典型だ。
オメガを例にあげると、10年前、オメガのシーマスターは新品で買っても10万円台で買え、ボーナス払いで買える一般的なサラリーマンの本格時計入門編に適した時計であった。それが相次ぐ値上げにより、今やシーマスターは平均30万円をくだらない時計となり、分割払いにして覚悟を決めないと手が届かないブランドとなってしまった。
もちろんオメガはこの間、クォーツ式を機械式にかえ、デザインを改め、細部を作り込み、時計にストーリーを与え、その世界観を徹底的に磨き続けてきた。だからこそ、相次ぐ値上げにも関わらず、新しい富裕層のファンを獲得し、業績を拡大し続けているのである。このようなダイナミックな値上げは一般的なブランドでは通常難しいことである。
一方で、プレミアムブランドの値付けはポジショニングが戦略の根本にあるため、常に相対評価にさらされる運命にある。例えば、日本のアパレル業界では、近年百貨店チャネルをメーンとした高価格帯のDCブランドやセレクトショップの高価格帯ラインが苦戦している。
原因は、スペインのZARA(ザラ)やスウェーデンのH&Mが巻き起こしたファストファッション旋風により、消費者が低価格の衣料品に慣れてしまった結果、プレミアムブランドがつけられる価格帯、ポジショニングが下がってきていることにある。ほんの10年前までは、多くの日本のアパレルブランドは、パリ、ミラノ、ニューヨークの3大コレクションなどの展示会で発信されるトレンドを意識した高感度なアイテムを、コレクションブランドの半額から2/3程度の価格で上市し消費者の支持を取り付け、十分な売り上げを作ることができた。
ところが、インターネットの発展とファストファッションの浸透により、コレクションで生み出されるトレンドは即座に世の中に広まり、ファストファッションブランドにより即座に低価格でトレンディーなアイテムが上市されるようになった。こうなるとプレミアムブランドに対する消費者の価格のベンチマーク対象は、コレクションブランドではなく先に上市されたファストファッションになってしまう。
結果として、多くのプレミアムブランドが中心価格帯を下げざるを得ず、収益性が損なわれた。一方で、エンポリオ・アルマーニやアルマーニ・ジーンズのように、ラグジュアリーブランドをブランドのアイコンとして持つプレミアムブランドは、昨今の消費の二極化の中でも比較的堅調だ。
これは、トップブランドを頂点とした世界観とブランド体系がしっかりしているため、消費者をその世界観の中で購買させることができ、他ブランドの価格の影響を受けづらいためだ。このようにラグジュアリーブランドはデフュージョンブランドを作ることで、プレミアム/アッパー価格帯のブランドが持つポジショニングの弱みを補完することもできる。
ミキモトが唯一世界ブランドに食い込んだ
非営利団体であるワールド・ラグジュアリー・アソシエーションが2012年に発表した「World's Top 100 Most Valuable Luxury Brands」(ファッション、ヨット、乗用車、宝飾品、腕時計、酒類、化粧品、リゾート、航空機、その他革新的ブランドの10部門でTOP10ブランドを抽出)において、日本からは唯一、ミキモトが宝飾品部門で10位に食い込んだだけである。トヨタ自動車のレクサスも、クレ・ド・ポーボーテ(資生堂が誇るハイプレステージ化粧品)もランクインできなかった。なぜ日本はラグジュアリーブランドが育ちにくいのだろうか。消費者サイドと供給サイドから見ていこう。
まず消費者サイドであるが、現在日本の消費者は世界一厳しい目を持っていると言われて久しい。古くは海外ブランドに弱いといった傾向があったものの、現在は単純な舶来志向はほとんどなくなり、成熟した消費者の多くは本物を見極める目を持っている。すなわち、ラグジュアリーブランドが育つ土壌はあるはずである。
一方で、問題は供給側にある。戦後、第2次世界大戦による経済の混乱とGHQによる華族制度、財閥の解体、農地改革などで日本の富裕層は打撃を蒙り、日本の富裕層市場は大きく減少した。結果、ほとんどの企業は輸出と国内マス市場に照準を当てマスブランドの育成に力を注いできた。ところが、こうしたマスブランドで成功した企業がラグジュアリーブランドを手掛けるのは大変難しい。
なぜなら、プライシングで触れたようにマス/プレミアムブランドとラグジュアリーブランドでは、ブランドの根本の考え方に始まり、マーケティングの4P(製品、価格、流通、宣伝)、組織のあり方、時間軸において、全く異なる考え方が求められるからである。従来型のマーケティングで成功している大企業ほど、組織にやり方が染み付いており、これらの違いを受け入れて実践するのは難しいのである。
前述したミキモトも、創業以来一貫した厳選主義を貫き、一度たりともマスに流れず最高のパールを求めて己の世界観を磨き続けるというラグジュアリー戦略を取ってきたからこそ今がある。従来型のマスブランドを手掛けてきた日本企業がラグジュアリーブランドを生み出せるのか(答えはYESであるが簡単ではない)、日本企業にとっての大きなチャレンジである。
(この記事は日経ビジネスオンラインに、2014年5月12日に掲載したものを再編集して転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)
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