失業率は下がっても「職がない」

 第2の「就職先がない」という香港人の嘆きは、正確に書けば「思うような就職先がない」ということだ。苦境にあった2003年、失業率は7.92%にも及んだ。だがその後は回復し、2006年には4%台に。リーマン・ショックで一時悪化したが、また持ち直して2013年は3.13%だった。失業率自体は、やはりカンフル剤の効果もあって好転している。

 だが、職の量と質は別問題だ。

 本土客の増加によって、香港全体が中国本土観光客のための巨大な商業施設のようになり、生活に密着した小売商店や飲食店が並んでいた通りには、本土客が好むブランドショップや高級漢方薬、宝飾品を扱う店が軒を並べるようになった。一方で香港に立地する外資企業には、中国本土で生まれ、欧米の大学で留学経験を積んだ若者が就職するようになった。接客業では求人が伸び、失業率を押し下げたが、サービス産業以外に就職したい若者ととっては選択肢が減っているように思えるのだろう。

 第3の「貧富の差が拡大している」という指摘は、マクロ指標を見ても明確だ。返還直前の1997年、所得格差の大きさを示すジニ係数は0.483だった。2006年にはこれが0.5に、2011年には0.537までに達した。香港政府は近年、貧困対策に本腰を入れることを余儀なくされている。

 例えば上記の政府による土地供給に入札できるのは、実質的には財閥と呼ばれる巨大資本のみ。彼ら「持てる者」は土地高騰によって利を得るが、大多数の香港人にはその恩恵が届かない。持てる者と持たざる者の格差はますます広がっていく。

 GDPというグロスで経済規模を見る指標で語るなら、香港経済は中国政府の「恩恵」によって確かに復活した。だが、ミクロの視点で見れば、必ずしも多数の香港人にとって幸福に結びついたかどうかは分からない。

 これは、例えばアベノミクスによって株価が上昇したことが日本人の幸福の総量を増やしたかどうかという議論と同じだ。「大企業や資産家が潤う環境を作って経済を活性化させ、投資を呼び込まなければ、結果として国民に恩恵が届くことはない」という意見もあるだろう。だが少なくとも、香港人の多数が、中国経済の恩恵は届かず、弊害だけを被っていると考えているのが実情だ。

 香港中文大学のコミュニケーション・民意調査センターが11月10日に発表した世論調査結果によると、自らを「中国人」と考えている香港人の比率は8.9%だった。香港返還時点、1997年の調査では32.1%だったことを考え合わせると、返還によって「中国の一部」になり、CEPAなどによって経済の一体化が進んだにも関わらず、香港人は「中国人としてのアイデンティティ」をむしろ喪失しつつあるということが分かる。もっと率直に言えば、「自分を中国人だと言いたくない」という対中嫌悪の感情が強まっているのだろう。

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