当初は香港人の多くがこの「恩恵」に感謝した。だが、よく効くカンフル剤は副作用や依存をもたらす。

 歴史に「もし」という仮設が無意味なことを承知であえて試みることを許してもらえるなら、もしアジア通貨危機とSARS流行という2つの不幸が香港経済を襲わなかったら、と考えてみたくなる。おそらく中国政府はここまで拙速かつ劇的な香港救済策を取る必要がなかったし、CEPAによる香港経済や香港社会の急激な変化もなかったろう。結果として、「対中意識」が香港においてここまで悪化することもなかったかもしれない。

 CEPAは2003年以降、何度も更新され、その度に香港と中国本土との経済的な結びつきは強化されていった。

世界で最も住宅が購入しにくい都市に

 香港経済は、中国からガソリンを注入され続けて高速回転を続けた。結果として流入する本土資本は香港の地価を吊り上げ、香港人が購入できないような値段が付くようになった。第1の「家賃が高騰して生活が困窮している」という香港人の苦悩はここに端を発している。

 香港は土地が狭いので地価が高いという説があるが、これは半分が当たっていて半分は間違っている。香港では土地の所有権は政府にあり、あらゆる不動産はその借地権を売買している(ただし借地の期間が75年や99年などと長いため、実質的には所有権と見なされているが)。政府は、官有地を段階的に市場に出すことで供給を制御し、地価の下落を防いでいる。確かに香港は狭いが、遊休地がないわけではない。不動産価格が高かったのは、供給が「限られている」あるいは「絞られている」ためだった。

 香港人の多くは不動産の売買を通じて資産形成を試みるため、不動産価格が無理なく上昇し続けることは多数の香港人にとって有利に働く。香港経済が本土経済と連結されるまでは、この幸福な循環がうまく機能していた。ところが本土から香港への投資が加速したことで、需要は制御できる範囲を超えてしまった。香港人がほとんど買えないような価格の超高級マンションが次々に建てられるようになった。

 Demographia社の2013年世界住宅調査によれば、今や香港は「世界で最も住宅に手が届きにくい都市」だ。同調査では住宅価格の中央値を設定し、その値と平均年収との倍率を「住宅の買いやすさ/買いにくさ」の指標にしている。同社の試算では、香港の平均的住宅は年収の14.9倍。2位のバンクーバで10.3倍、3位のサンフランシスコで9.2%、日本は全域で4%。と並べれば、香港がいかに突出していることをお分かりいただけるはずだ。しかも2010年には、香港はまだ11.4倍だった。この数年で急激に悪化しているのだ。

各国の「平均住宅価格の年収倍率」。香港が突出している(Demographia社調査より)

 この指標は、不動産価格の「高さ」ではなく「買いにくさ」を、つまり「年収の割りに不動産価格が高い」ことを示している。香港人の苦悩をよく物語っていると言えるだろう。

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