反転した司法判断

 経緯を振り返ろう。9月22日、黄氏ら学生グループが「真の普通選挙」を求めて授業のボイコットを開始。香港中文大学には1万人以上の学生が集結した。翌日から、学生らは香港政府総本部の前で座り込みを開始し、これに業を煮やした香港政府は26日、学生らの排除を試みた。黄氏は逮捕され、27日には黄氏の自宅が家宅捜索された。

 結果として、この拘束が学生らに火をつけた。黄氏逮捕は違法であるとして、5万人の学生らが政府総本部前に集結して声を上げた。同時に黄氏らのグループは、逮捕、拘束に正当な理由がなく、違法であるとして「人身保護条例」を根拠に司法に訴え、28日に裁判所はこれを認めて釈放命令を下した。香港警察は命令を受けてただちに釈放している。

 つまり9月28日、催涙弾が香港を舞う数時間前の時点では、司法は、少なくとも行政――警察による黄氏の逮捕については毅然と「NO」を突きつけていたのだ。

 しかし道路占拠デモが長期化する中で、独立を守る司法は、デモ隊にも毅然として断を下し始める。11月中旬、道路占拠デモがバスの営業を妨害しているというバス会社の訴えを認め、占拠行為を「違法」と認定して排除命令を下した。今回の警察の強制排除は、その司法判断を受けての執行だ。

 香港が政治に左右されない司法を持つことは、当初はデモ隊にとって僥倖だった。だがやがてそれは、政治色に染まらずに独立を守るがゆえに、デモ隊を無情に裁く力にも変わった。デモ隊は、世論と司法、つまり社会的な正義と法的な正義をともに味方につけた警察に抗うことは難しいだろう。

 誰もが、ひょっとしたら発案者すら「空論」だと考えていた「オキュパイセントラル(金融街であるセントラルを占拠する民主化運動)」が、それを主唱した法学者や政治家たちでなく、事実上、学生ら若者たちの主導でここまで長期的に実現し、香港政府を揺さぶったことは感嘆に値する。

 だが、それも終わりつつある、と考える向きが多い。

断末魔の叫びのような5文字

 いまこの原稿を書く数時間前、26日の夜から明け方にかけて、記者は旺角の西洋菜南街(サイトゥンチョイ・ストリート・サウス)の街頭に立っていた。これに先立つ数時間前、既に彌敦道のバリケードやデモ隊は排除され、やり場のない怒りを含んだデモ隊が小道になだれ込んで警官隊と揉み合っていた。

 21時を回る頃だったろうか。誰かが始めたシュプレヒコールが地鳴りのように広がり、地面から伝って腹腔にも響くようだった。ただ5文字を、彼らは連呼していた。

 「我要真普選!(真の普通選挙を!)」

 これに対峙する警官隊は、赤い旗に「Stop Charging or We Use Force、停止衝撃否則使用武力」と掲げ、武器の使用を予告している。

 警棒を振り上げる警官に、Tシャツ姿の若者が両手を挙げて無抵抗であることを示す。それでも一人、一人と警官に捕らえられ、地面に頬を押し付けられ、後ろに回した腕をひねり上げられてプラスチック製の紐などで動きを封じられて連行されていく。悲鳴がひときわ大きく響く方を見れば、催涙性のある液体が噴霧されている。

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