放射性セシウムの暫定規制値を超える牛肉が全国で確認され、国民の不安が高まっている。その3カ月前に、生肉料理を食べた幼児を含む4人が亡くなった腸管出血性大腸菌による食中毒事件も重なり、食肉全体への不信感は一層深刻化している。とはいえ、実際のリスクに伴って被り得る被害とは別に、リスクの実態のない“風評被害”がはびこっているのも事実。
食品添加物に対する風評被害もかまびすしい。「食品添加物を摂ると健康を害するのではないか」という巷の噂も科学的根拠はなく、いわゆる風評だ。食品添加物への誤解を正すべく、経済学者の有路昌彦氏がこのほど、『無添加はかえって危ない』を著した。安心するためには、食品添加物について正しく理解すること。間違った情報に惑わされて、不安に陥らないためのノウハウを聞いた。
(聞き手は日経BPコンサルティング・プロデューサー中野栄子)
問:今や、食品スーパーに行けば、「無添加食品」があふれかえっている。食品スーパーだけでなく、コンビニ、飲食店にもその勢いが及んでいるが、それはなぜなのか?
答:まず、この「無添加食品」だが、合成保存料や化学調味料など食品添加物を使用していないことを強調し、「無添加」表示を行っている食品のことを指す。マーケティングの原則からいえば、消費者が「無添加食品」を求めるので、企業はそれを提供しているという構図だ。
問:では、消費者が「無添加食品」を求める理由は何か?消費者は「無添加食品」がベネフィットをもたらしてくれる価値あるものと考えているからだと思うが、そのベネフィットとは何か?
答:安心感だ。多くの消費者は、食品添加物は食べると健康を害するのではないかと漠然と思い、不安に陥っている。食べ続けると将来がんになると信じている人もいるし、最近の遺体が腐りにくいのは、亡くなった人が生前食品添加物が使われている食品をたくさん食べてきたためだという都市伝説すら流布している。特に、小さいお子さんを持つお母さんは、不安感を一層強めている。こうした消費者の食品添加物に対する不安を「無添加食品」が解消してくれるというわけだ。

近畿大学農学部准教授、自然産業研究所取締役を兼務。
京都大学農学部卒業、同大学院修了(農学博士)。大手銀行系シンクタンク研究員を経た後、民間研究所役員などを経て現職。専門は、食料経済学、食品リスクの経済分析、水産経済学、計量経済学、経営学。食品安全委員会各種事業、農林水産省の高度化研究事業(BSEに係るリスク管理の経済評価と最適化に関する研究)などの研究を手掛ける。主な著書は『思いやりはお金に換算できる!?』(講談社+α新書)など。
問:消費者を安心させるという点は良いことだが、その情報が科学的に間違っていることは問題ではないか。食品添加物は厚生労働省所管の食品衛生法に基づいて安全に使われている。
答:科学的に正しくても、間違っていても、消費者が望むものならばそれでよいと発言する人もいる。そうした発言が、市場を歪めているということで、問題だと考える。
例えば、食品添加物の1つである保存料は、食品の腐敗を防ぎ、食中毒リスクを下げる役割があり、その役割を持つ保存料を使わない「無添加食品」は、食中毒のリスクを高めることになる。食中毒のリスクは極めて大きなものであり、食品のリスクで最も下げないといけないものなので、それを抑える効果がなくなるのはリスクを一層大きくしてしまう。
さらに、「無添加食品」は保存料を使っている食品よりも早く腐敗するために、早く廃棄しなければならないので、廃棄コストが増大する。また、腐敗しないようにと、冷凍・冷蔵技術を流通システムに取り入れるので、そのコストも膨らむ。我々の研究結果によれば、保存料を使わない「無添加食品」は、保存料を使う食品に比べて平均3割高いことが分かった。
消費者は好んで3割余計に「無添加食品」に払っているのかは疑問だ。食中毒リスクが高まり、健康被害を受ける可能性が上がっている一方で、3割も値上げしている食品を買うことになっている消費者は、知らない間に大変な不利益を被っているといえる。物の値段が上がれば市場は縮小するので、食関連産業にとってもマイナスだ。
改善されていることは国民に伝わらず
問:それでは、なぜ消費者は科学的に間違ったことを信じているのか。
答:確かに、第二次世界大戦後の混乱期には、現在のような食品添加物についての規制がなかったために、食品添加物が人に健康被害をもたらすといういくつかの事件が起こった。その後、当時の厚生省が食品衛生法を改正し、食品添加物についての品質や安全性の規定を定めたので、この数十年人の健康を害するようなことは報告されていない。
ところが、そのように改善されていることは世の中に大々的に伝えられない一方で、テレビのワイドショーで危険性を誇張されるようなことが放映されたため、多くの国民は「食品添加物は危ない」との印象を持ち続けている。
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