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険しい尾根で捜索・救出活動が行われた

 撮影を始めて少しすると、ヘリコプターが何かを引き上げる様子が見えた。担架が引き上げられている。

「『なんで担架で上げてるんだ?』と思いまして写真撮って覗いているうちに『これ、もしかして生存者がいるんだ』みたいなことを感じまして」

 担架が、伊藤の目の前を通る。女の子が乗っている。後に彼女の年齢は12歳と分かる。

「救出された女の子は目をパチパチしていて、本当に『ああ、頑張れ』といった感じで写真を撮りましたよね」

 伊藤がカメラを構えるその様子は、上毛新聞の本社にあるテレビにも映し出されていた。当時、一面担当デスクだった渡辺幸男はこう振り返る。

「画面の奥の方にうちのカメラマンの伊藤くんの容貌そっくりのがいるんです。そばにいたのを何人か呼んで『あれ伊藤くんじゃないか』となって『確かに伊藤くん』と」

 正午過ぎ、伊藤は山を下りる。

生存者の写真、伊藤は走り、渡辺は信じた

「生存者がいるということは、これは何が何でもトップニュースに違いないということが分かりましたから、持って帰らないと紙面には間に合わないだろうと判断しまして」

 インターネットも携帯電話もない時代だ。電送装備も持ち合わせていないため、直接フィルムを本社に持ち込むしかない。翌日の朝刊にカラー写真を載せるには、18時がタイムリミット。

 4時間かけて山を下り、車に乗ってハンドルを握ったのが16時。残り2時間。

伊藤カメラマンは山を駆け下り、本社に向かった

 本社は伊藤を待ち続けた。伊藤、つまり写真を待っていると、締め切りに間に合わないかもしれない。現在と違いフィルムカメラを使用していたので、写真が本当に撮れているのかも、まだこの時点では分かっていなかった。待つことで、印刷や配送に遅れが生じることを心配する人も社内にはいた。

「『いや載せます、来ます、伊藤だから撮ってあるはずです』って」(渡辺)

 その通りになった。8月14日朝刊の一面に、伊藤の撮った写真が載った。