最近「ガバナンス(governance)」という言葉を、新聞や雑誌、テレビ、ネットの震災関連記事で見かけるようになりました。「復興に当たって国民をけん引すべき政府にガバナンス能力が足りない」とか「震災後にはガバナンスの効いている企業サイトへのアクセスが増えた」などの用例があります(具体例は後述します)。

 このガバナンスの「意味」を説明できる日本人は少ないのではないでしょうか。国立国語研究所が2004年10月に発表した「第3回『外来語』言い換え提案」という文書でも「ガバナンスの意味を理解する人が、国民全体の25%に満たない」と指摘しています。

 そこで今回は、「ガバナンス」の意味について掘り下げてみることにしました。

「統治」という訳語だけでは理解しにくい

 まず具体例をいくつか見てみましょう。

 例えば産経新聞の3月16日付け「正論」欄で、内閣安全保障室で初代室長を務めた佐々淳行氏が、次のような主張を展開しています。「国民は懐中電灯、電池、ロウソク、保存食をスーパーの棚を空にして備え、被統治能力(ガバナビリティー)の高さを示したのに、政府側はまさに統治能力(ガバナンス)の低さを天下にさらした」。

 これだけではありません。ビジネス情報サイトの「Business Media 誠」は3月25日付けの記事で「(震災後1週間、企業サイトを観察した同媒体の感想として)企業サイトが企業活動にとって重要であり、そのガバナンスが重要であることは、もう疑う余地はないのです」と記しています。

 これらの記事で登場するガバナンスは、どちらも「統治(能力)」を意味しています。そして「統治」する主体は「政府」や「企業」という単一の存在です。

 一方、こんな例もあります。共同通信の4月7日付けの記事「安全の十分性、議論深化を 百八十度の発生転換必要」からの引用です。「今回は原発という巨大な技術システムがやられ、放射能被害や計画停電などリスクの連鎖を招来していった。従って今回の(原発)事故は、こうした技術システムの『ステークホルダー(利害関係者)』たる住民のことを意識し、そこに思いが至らないと、決して解決できるものではない。そして、技術システムが結び付いている現在社会のガバナンスそのものを考え直す契機をもたらすだろう」

 この記事において、「ガバナンス」する主体は誰なのか? 曖昧です。基本的には「政府」が主体だと解釈できるものの、「利害関係者たる住民」ももう一つの主体と捉えることができます。このような「複数の主体が関与する」構造は、「統治」や「支配」のイメージから外れているようにも思えます。

 この構造を踏まえつつ、ここからは幾つかの「ガバナンス複合語」について意味を分析してみることにします。複数の複合語に共通する意味を探ることで、「ガバナンス」が意味するものの輪郭が見えてくるかもしれません。

企業を指揮する「コーポレートガバナンス」

 筆者が最初に思い出した複合語は「コーポレートガバナンス」です。訳語としては「企業統治」が一般的です。

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