90歳の現役助産師
坂本 フジヱ(さかもと・ふじえ) 1945年から現在まで、約70年に渡りお産を取り続ける。お産をとる現役の助産師としては国内最高齢。取り上げた赤ちゃんは4000人。親子3代にわたって取り上げたケースもある。現在の助産所は和歌山県田辺市。子供は長男と次男の2人。1924年1月生まれ。(写真:太田未来子、以下同じ)
先日、91になりました。現役でお産取っている人間としては、日本で最高齢やと思います。助産師の資格を持っている方としてはもっと上の方もいらっしゃるんですけど、施設に入っていて活動もしておられないとか、そんな状況なもんですからね。
私がお産のお手伝いをするようになったのは、終戦直後の昭和20年です。最初に取り上げた赤ちゃんが70になるわけですね(笑)。数で言うたら4000人くらい赤ちゃんを産ましたことになるんかな。そんだけやってきてつくづく思うんは、同じお産って1つもない、ということです。
人にはそれぞれ「生まれ方」がある
同じご夫婦で7人産んでも8人産んでも、お産は一回一回みんな違うんです。だから私はいつからかな、陣痛は赤ちゃんの言葉なんやと感じるようになったんです。
例えば「微弱陣痛」という名前をお医者さんがつけているものがあるでしょう(編集部注:一般的に分娩中は陣痛が強くなっていくが、これがあまり強まらないこと。お産が長引き、母体に疲労が蓄積しやすいとして、陣痛促進剤を使うケースがある)。私はね、あれは無いんやと思うんです。
赤ちゃんは生まれるときに10センチちょっとの骨盤の隙間を通ろうとするわけですが、微弱陣痛というのは、赤ちゃんがそん時に「ちょっと通らんな」と思って、いったんゆっくり休んで、おでこの泉門(編集部注:骨と骨の継ぎ目。胎児には隙間があり、ここを重ねることで頭部を小さくして狭い産道を通る)をもっと重ねて、それで出ていくという、メッセージなんやと私は感じたんです。
ですから、私んとこではそうなった時は妊婦さんに「ゆっくりして、あんたもしばらく寝なさい。そしたらそのうちに痛んできます」って言うんです。でもこれが病院やったら、微弱陣痛という名前が付いたらじきに先生方は促進剤をやるでしょう。医療はずいぶんと良くなりましたから、今の先生方のやり方は絶対に間違いない。なんとしても命を持って出てくるようにしてくれるから、その点は心配ない。
でも私なんかはそうやって手を加えたお産というのは、赤ちゃんにしたら自分の本意ではないんと違うかと思うんです。赤ん坊がちょっとゆっくり休ませてというときに、陣痛が弱まってすぐに促進剤を打つんは、赤ん坊に対する反逆やと思うんです。
私は古い人間ですから、昔の考え方が強いんやと思います。今の方は皆さんお産をものすごく大仰に考えている。ご飯食べて、うんこして、寝て、起きてという生活のその一コマでお産があるとは思っていないんです。でも当たり前ですけど、大昔、病院のない時代から人間はずっとそうしてきている。何万年と、自分の体のプログラムに沿って、みんな生まれてきたんですよ。
姿形が違うように、本当は赤ちゃんの生まれ方だってみんな違うんです。その過程一つ一つに、ちゃーんと生き物としての意味がある。でも今は厚生労働省のマニュアルというのがあって、「こういうときにはこうしなさい」となっている。人生のスタートが、皆同じようになってきてるんですね。それが、人間の自然の能力というものを消し去っていくことになっているんじゃないですか。
「出産の喜び」が減ってはいないか
自然出産は苦しい時もありますよ。それを最後までやり通す親が少のうなっている。今の痛みに対して、最後まで頑張れる親が少なくなった。でもそれは逆に、子供が生まれた喜びを減らすことになるんじゃないですか。
「ああ、かわいい」と、本当に子供を愛おしく感じることが少なくなったんかなと思うんです。その気持ちが義務的になったと言ったらちょっと語弊があるかも分かりませんけど、人工的なものに人間がなじんできた。そんなふうな感じがしますね。
お産が病院の仕事になって、帝王切開率も上がってってなると、最後のこの10センチの骨盤を何とか越えようと、越えさせようとする親子が、減っているということです。動物の生まれるというプログラムを無視してでも、自分が楽になりたいという気持ちになってきつつあるんですよ。
お医者さんばかりがあかんというわけではありません。今の若い人たちはものすごく、医療の目から見た妊娠、出産というのを考えてます。私らの頃に比べればみなさん学歴もあるから「こうすれば問題ないはず」って気持ちがあるんですよね。「病院に行ったら勝手に産ませてくれる。お医者さんが産ましてくれる」っていう気持ちもあるでしょう。すごく、物事が計画通りに進むという意識があるんやと思います。
だからそこで何か予想外のことが起きたときに、ものすごく大げさに事を言い立てて、すぐに裁判に持っていく。「帝王切開するのが遅かったのと違うか」とかな。そしたら医者の方も、例えば手術してもあかんかも分からんような赤ちゃんも、少しでも心音の残っている間に切って出そうとする。
生まれたら死ぬのが定め
でも、生きるための根本の力が欠けていれば、それはそれまでの命です。それまでの命の子供は絶対に息はしませんよ。そのまま死んでいく。
今の人たちはそんなの考えられんでしょう。でも人の命というものは、生まれたらあとは死ぬしかないんです。何歳で死ぬかは自分も誰も分かりませんよ。私も3人目の子を流産しましたけれども、いつかは必ず死ぬということが、人間の体に必ず起こってくる出来事です。こればっかりはどうしようもない。
私の助産所で、死産というのは一回もないんです。これは別にうちがすごいとかじゃなくて、妊娠中に「あ、これはひょっとしたらこの子供はどこかに何かがあるのと違うか」と思ったら、病院へ送りますからね。
それでも、私はいつもきっちり皆さんに説明するんです。「生きる、死ぬということは私たちには分からん」とね。親御さんにそれを受け止める気持ちを持っていただかなかったら、私たちも仕事はできんわけですから。
お医者さんも2人、3人ぐらい裁判を持ったら、もう仕事をする意欲がなくなるんですって。それでもうお産はやめやと。お医者さんも追い詰められているんですよ。だから、なによりも「無事に産ませる」ことを考えるんです。でもそうすることで、両親も赤ちゃんも、何か大事なものを経験しないままに進んでいってるんと違いますか。
動物は生まれたら、すぐに立とうとするでしょう。人間の赤ちゃんは絶対に立たれへん。歩かないということは、何もできないんです。でもそれは、何も分からんと生きているわけじゃない。そのときの感性というものはすごく敏感です。ことに親の考えていることは、もうすぐ分かる。抱いたら肩が凝るとか、子供がはたへ来たら邪魔くさいとか、そんなんも全部。
赤ちゃんは全部分かってる
だからそうじゃなしに「よしよしって何でもあんたのことは受け止めてやるよ」ってせなあかん。ものを言わんから赤ちゃんが何も知らんと思ったら、大間違いや。何でも分かる。そやからもう本当に、大事にかわいいかわいいと、それだけちゃんとするしかないんや。子育ての基本はかわいいと思うことや。
そうやってお母さんが腹をくくったら、大泣きしてる子でも不思議と落ち着くんです。そしたら、もう今、子供も進化してきていますのでね、親のことも子供は分かってくれるんですよ。さっき人間の子は生まれてすぐは立たれへんって言うたけど、このごろ10カ月で歩く子供が多いんです。立って歩きだしたら自立ですよね。
最近は生まれて半年やそこらで勤めに出る方が多いでしょう。私は皆さんに「働いてええで」って言います。でもその代わり「夕方迎えに行った時に、あんたよう遊んでくれたからお母ちゃん本当に仕事できて嬉しい」と、心の底から喜びを伝えてやり、って言うんです。子供からしたらね、大好きなお母ちゃんが喜んでくれることはまたしようって気になりますよ。子供はそうやって進化していってると、認めてええんちゃうかな。
感覚が敏感な0歳児の間に、とにかく徹底して愛情を与えて与えて与え切る。それで育児の50%は終わりです。お母さんと子供との間に、強力な信頼関係ができる。そしたら自己肯定感が磨かれて、お父さんやおじいちゃんおばあちゃんとか、年上の人らと信頼関係を築いていけるようになる。そういう性根はね、その子の一生続くんですよ。
女と男は一緒ではない
努力の努は「女のマタの力」と書きますけど、子宮の力は国の礎ですよ。子供が生まれんかったら国は亡びるんですから、いわば最後の砦です。そういう女の股の力がね、全部なくならん間に何とかしてほしいなと思う気持ちがやっぱり私にはあるんです。
近頃は男女平等、平等って言いますけど、女は昔っから特権階級ですよ。神様が子供を産むということを女の人に与えているわけじゃないですか。日本の昔の女性が賢かったのは、自分が上位であるけどそれを表向きは隠していたことです。旦那を立てる。でも実際は自分が上位。そういう家庭が、多くあったんですよ。
でもそれがいつの間にか、仕事の面で「女性が抑圧されている」って世の中がなりました。それで安倍首相なんかもいろんな政策をやっとるんでしょうけど「女性が安心して働けるように」っていう感じのものが多い。でもそれは自己中心主義の気持ちを、助長させるような政策に思えるんです。
男女雇用機会均等法ができて以降、家庭でも会社でも、女性と男性が同じような役割を果たすべきという考えが当たり前になりました。でも私はこれには断固反対です。男性と女性は本来、全く違うんです。同じようにしたら歪みが出てくるんは当たり前です。セックスレスの夫婦は最近ほんとに多くて、深刻な問題やなぁと思うんですが、男と女がおんなじようになってきたら、セックスせん人が増えるんは分かる気もします。
「子供がいたら人生の邪魔になる」という意識が問題
思春期教育にしても、今はだいたい「高校生の間だけは子供をつくらないようにしてくださいよ」というようなことが重点的なことなんです。でも「いのち」に畏敬の念を持たせるのが本来じゃないですか。「子供がいたら子供に邪魔されて、自分の人生が面白くない」という今の考え。これが一番の大きな問題なんですよ。
最近は離婚も増えているといいますね。私はこれも、自己中心的な考えの結果やと思うんです。人のために我慢することができなくなっている。若い夫婦で親の干渉がないように、関係をほぼ切っているような人も多いですね。こういう人は学はあるのかもしれんけど、それは見せかけの賢さや。子供のために自分はどうしたらいいか、ってことを考えられないんや。
結婚の適齢期はないけど、子供を産む適齢期は絶対あるんや。国の人口でいうたら、女性が25歳から35歳ぐらいまでに3人か4人産むのが望ましいわけでしょう。この期間に女性が他のことを気にせず、出産や育児に集中できる環境を作らなければいけません。子供というのは神の意思でなかったら、なかなか授かれんです。それを「やっぱりもうちょっと楽しんでから結婚しようか」という人が増えたでしょう。子供も「つくる」って言うようになりましたね。でも年いってからあわてて子づくりしても大変ですよ。
山の中で取ったお産
今の人が当たり前のように思っているお産の仕方とか、家族のあり方は、私の時はまるで違ったんです。
私は1945年の8月15日に天皇陛下の言葉を聞いて、そこから故郷の和歌山に戻りました。それまでいた大阪の家が焼けて、どんなになるか分からんようになりましたのでね。でも、その時にもう8年も大阪にいたので、また戻るつもりなもんだから、しばらくふらふらしとったんです。
終戦直後はもう国内の医療はめちゃくちゃでしてね。とにかくお医者さんが少なくて、ものすごく忙しい。私んとこの近くは本当に年のいった、ヒョロっとしたおじいさん先生がいらっしゃったんですけどね。私が保健師の免許を持っていたので、親戚に「お前、ちょっと手伝ってあげてくれんか」と言われてね。「遊んでいるやさかいに、どうってことないわ」と引き受けたんです。
その先生が借りていた民家の縁側に長い椅子を置いてね。そこで診察もし、お薬も渡して。そんなのしながら、お産を見たんです。
取り上げについては、そういう見識がある人たちがどこの集落にもいたんです。お産婆さんみたいなね。村のどこの集落にもいて、私もお産を手伝いに行ったら、村のそういう人が4~5人はやっていましたね。当時なんて、そんなもんですよ。
その人たちのアドバイスを受けて、「それはあんた、こんなんした方がええのと違うか」とか「あんな方がええ」とか、今まで自分らがやってきたことを教えてくれるんです。そういう状態でお産をして、自分もだんだん成長したわけですね。昔なんか、1人で5人も7人も産んだ人がいるわけですから、その人たちの体験は頼りになりますよ。
田舎のことですから、奥さんもみんな畑とか山の仕事もしとるわけです。山の中で急に産気づいたと聞いて、山の中で取り上げたこともありますよ。お湯はたき火で沸かして、電気だってないから明かりはランプでね。赤ちゃんは近くのおうちに担ぎ込むんだけど、田舎のことだから一番近くでも何百メートルもある(笑)。でもしょうがないからそこまで運んで沐浴させて、後で胎盤の処理をして帰ったりね。
私も2人産みましたけど、生まれる前の日まで自転車に乗っていましたね。お産して1カ月ぐらいたったら、もうおんぶしていって、お産の最中は寝させておいて、生まれたらまたおんぶして帰ってくる(笑)。産気づいたと聞くと、夜も街灯も何もないで山の中を自転車で行って、朝帰ってくるというような、そういう生活を何年も続けました。
戦後はGHQの指導で、行政からお産はやっぱりちゃんと免許を持った助産師さんにかかった方がええでというふうに言われるようになったんですね。アメリカのマチソン女史という人が来て、病院でのお産を奨励したんです。田舎の家の古い納戸みたいなとこよりも、気持ちのいい病院でしたらどうですかと。
終戦から時が経つにつれて、陸軍病院が払い下げられて何々国立病院というのに名前が変わっていきました。お医者さんも日本に帰ってきて、だんだん医療が充実してきたんです。それで、それまでの助産師の仕事は本当に減ったんですね。和歌山県下でも各集落の助産師がほとんどやめた。昭和25年ぐらいからだんだんやめていって、昭和30年頃には、もう本当に少ししか残っていない状況になりました。
あっという間に変わりましたね。最近の若い人は、お医者さんじゃなしに助産師が子供を取り上げるということに驚く方も増えました。でも信じられんかもしれんけど、私が若い頃はみんながそうやって子供を産んでたんです。
「夫婦仲良く」
考えが古いと思う方もおられるでしょう。時世時節ということがありますからね。今の多くの人の考えに逆らうようなことを、片意地張って言うのも自分がしんどい。だから私も、普段はこういう考えを分かってくれる人には話しましょうと思っているだけなんです。こんな話が役に立ちますか。
若い人に言うことがあるとしたら「夫婦仲良く」。それが全ての基本ですよ。そうでなかったら、そもそも子供も生まれないわけですからね。生まれても、仲良くなければ子供に影響がでる。お母さんが旦那を馬鹿にしていれば、子供だって父親をないがしろにしますよ。人生は計画通りになんて行きません。自分中心じゃなしに、周りにいる人と互いに思いやって生きることですよ。
(この記事は日経ビジネスオンラインに、2015年1月23日に掲載したものを再編集して転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。)
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